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柚子side
橘くんに言われるがままにするしかなく、彼の部屋に連れて来られた俺は、最後の抵抗として玄関から先に上がらないことにした。
けれど、「そんなことしても無駄だよ」と笑いながら言った橘くんに、玄関に倒れるようにして座らせられ、強引に靴を脱がされた。
引きずるようにして連れてこられたのは、あの時いっぱいいっぱいになって逃げ出した部屋のままで。気まずさから何度も唾を飲み込んだ。
そんな俺の気持ちも橘くんはお見通しなのかもしれない。
余裕を浮かべた瞳で、視線を逸らすことなく向き合われ、さすがにここまで来てしまえばもう、部屋の隅っこでうずくまっているだけというわけにもいかない。
「何か、話でもあるの? だから、連れて来たの?」
少し顔を上げてそれだけ言うと、抱えた膝に顔を埋めた。
動揺せずに話してやろうと多少は意気込んだものの、いざ彼の視線がまっすぐぶつかってくると、覚悟は一瞬で消え去った。
嫌悪感でもなければ、純粋な好奇心だけでもない彼の感情が、読み取れないまま向き合うのはやっぱり怖かった。
「話はあってもなくても、連れて来た理由のメインではないかな。なに、話しかけていいの?」
橘くんが、一歩分くらい前にやってきた。俺は壁に背中を預けている状態だから、これ以上近づかれてしまったら困る。
抱えていた膝を緩め、足先を前に伸ばす。そうすれば、顔までの距離は一定保たれるだろう。
でないとこの強引さもあってか、彼との距離感には驚かされるところがあるから。
「……だってこの状況で無言なんて気まずい以外にないでしょ? 理由も分からないままだし」
「じゃあ今からいっぱい話してくれる?」
「さっきそれがこの状況のメインじゃないって言ったばかりなのに?」
「うん」
うん、って、なんでこういう時の返事は素直なんだ。素直な感じを出されると、こちらの警戒心が引っ込んでしまう。
彼のそういうところに騙されるなと、俺は顔をふるふると振った。
「柚子さん、あんた二年?」
「……うん、」
「俺、一年。教育学部」
年下でこの態度か、と口から出そうになった言葉を押し込めた。しかも教育学部って。
それに、よく分からない余裕が、たった一歳差にしろ彼を年下に感じさせない。
「柚子さんの学部は?」
「……文学部」
「へぇー」
「……、」
嘘をついたところでもう意味がない気がして、正直に自分の学部を打ち明けたというのに、こちらの気持ちにはお構いなしで、興味があるのかないのか分からない雑な返事をされた。
「へぇー」と言った後の間も持たないし、それ以降続かない質問に、やはり話がメインではなかったのだと思い知らされた。
だったら何なんだ?
話をしないで、ここで一体何をするの? 俺を連れて来た理由は何?
あまりにも最悪すぎる展開に頭を抱えた。
散々醜態を晒してしまった相手に会わないよう意識して過ごしていたのに、気を緩めた瞬間に出会ってしまい、言われるがままにまたこの部屋に連れて来られた。
しかも、同じ大学の後輩で学年は1年しか違わない。まだまだこの大学でお互い過ごさなければならない。
「橘くん、何か言って。怖いんだけど」
「まだ質問してほしいって? 俺のこともっと知ってくれ、ってこと?」
「揶揄うのはもうやめてよ」
何より、年下の前であんなに泣いている姿を見せたことに対する羞恥心よりも、もっと大きな恐怖心が心の中を占めている。
あの日の出来事もいつか忘れてもらえるなんて、それはあまりにも甘い考えだった。
「ねぇ、あんたあだ名は?」
「あだ名? なんでそんなこと」
「いいじゃん。いっぱい話しかけていいんでしょ?」
「……あだ名はないよ。大学じゃあみんな名字で呼ぶし」
「ふぅん」
頭の中で色々考えている俺のことは完全に無視で、結局話しかけられる内容も、大きく意味のない質問ばかりだ。
真意が分からないままは怖い。俺は一体いつになったら帰れるのだろう。
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