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柚子side

「柚子さんがぼーっとしているうちにスーパーに到着しました」 「え?」 「ほら、やっぱり考え事。何か分かんないけど、俺はずっとそばにいるよ」 「何だそれ」 「でもさすがに買い物中はカゴも持たなきゃいけないから、仕方ないけど手を離すね」 「仕方なくないから離してよ」 「本当に良いんだね? 後悔しない?」 「ははっ、何の後悔?」  少し前の俺とのやりとりをなぞり、後悔しないかと尋ねた彼に合わせて、橘くんの発言を真似すると、それを覚えていたことが嬉しいようだった。    廃れた商店街を抜けた先にあるスーパーだったこともあり、ここに来るまで俺も他人の視線を忘れ、長い時間彼と手を繋いでいたことに気付いた。  いつも怖いほど意識しているのにな。 「じゃあ行こうか。迷子にならないでよ」 「ねぇ、ふざけてる? ならないよ」 「ふはっ。言ってみただけだよ。怒らないで」  先を歩く橘くんと距離をあけずに、俺もすぐにスーパーに入った。 「野菜から順番に回るんで良いよね?」 「うん」  当たり前にカゴを持ってくれている橘くんに、少し申し訳なく思いながらも、必要な材料を入れていく。  順調に買い物を進めていき、魚介コーナーで足が止まった。 「柚子さん?」 「えっと」  言うタイミングを逃していたけれど、実はたこ焼きに限らず、タコをあまり好んで食べないんだよね。  実家で作る時は、俺の分はキムチを入れたり、魚肉ソーセージで代用してきたけれど、彼にもそれを正直に伝えて良いだろうか。 「タコ……そんなに好きじゃなくて、だから俺のは入れなくても良い?」 「え?」 「こっちの小さいのにして、橘くんのだけに入れてくれる?」 「タコ苦手なんだ? え、じゃあたこ焼きにならなくない?」 「うん。ただの焼きだよ」 「ただの焼き!」  ただの焼き発言が謎にツボに入ったようで、橘くんがケラケラ笑う。   「あーもう。こっちの意味で後悔するよ。柚子さんのばか」 「何で」 「せっかくだし、二人で仲良く食べられるものが良いって思ったからたこ焼きを提案したのに。柚子さんがタコだめなら、違うものにしよう。ふたりともおいしく食べられるもののほうが嬉しいよ」  はぁ〜と言いながら顔を手で覆った彼に、嫌いなら嫌いとすぐに言ってほしかった、と少しだけ責められた。  遠慮されてしまったのがショックだったらしい。別に好き嫌いを伝えたことで彼にネガティブに思われるかもしれないからと言わなかったのではなくて、せっかく誘ってくれたメニューを、俺のせいで変更してほしくなかったからなんだよね。  結局伝えてこうなっちゃったんだけど。 「タコは確かに苦手なんだけど、ただの焼きはけっこう好きなんだよね。俺は、キャベツとネギの天かすとキムチさえあれば美味しく食べられるから。あとね、魚肉ソーセージとか入れると美味しいんだよ」 「魚肉ソーセージ……?」 「うん。タコがだめな代わりに、色んなもの入れて試したから」  「そうなんだ」  たこ焼きって別にタコじゃあなくても良いのか、と橘くんは納得してくれたようだった。  案外タコ以外でも何でも、おいしく食べられると思うし、彼もタコ以外のお気に入りが見つかるかもしれない。 「それにさ、別に今日が最後ってわけでもないんだから、たこ焼きじゃないものは次にしようよ」 「……え、」  変なことを言ったつもりはないのに、橘くんがあまりにも目を見開くものだから、もう一度自分の発言をなぞってみた。  頭の中で数回繰り返した後、彼が受け取ったであろう意図に気づいたけれど、もう遅い。 「……あ、」  頰の熱が上がる。次なんて、俺が進んでまたご飯を食べようと誘っているみたいだ。  誘うことが悪いわけでも変なわけでもないけれど、俺から橘くんに対して何かアクションを起こすことがないから、彼はそういうところを取りこぼさずに全て拾ってしまうんだ。  いまいち懐いていないように感じている相手が、自分に心を開いたのかもしれない、そういった瞬間を。   「えっと……」  無意識のうちに言ってしまった言葉を、どんなふうに訂正すれば良いか分からない。  こういうちょっとしたやりとりすら、正しいやり方が分からないんだ。誘い慣れていないから、当たり前に「次もあるよね?」みたいな反応ができない。 「……ふはっ。柚子さん、どうしよう。俺、今めっちゃ嬉しいんだけど。次があるんだ?」 「違っ、」 「違うことはないでしょ? じゃあ次は俺の家で一緒に食べよう。ね? 柚子さんの好きなものを教えてよ」  行き場のない恥ずかしさと困惑で、俺の顔は今すごいことになっていると思う。  かっこ悪いほどに、何もかもが不慣れだ。みんなの当たり前を、今さら少しずつ学んでいる俺に、このくすぐったい会話はハードルが高すぎる。  勘弁してほしいと、両手で頬を押さえゆっくり橘くんを見上げると、優しい瞳が俺を映した。

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