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柚子side2
◇
「きーちゃん」
「なに?」
「呼んでみただけ」
「何だそれ」
「別に良いじゃん」
春休みが明け、また一つ学年が上がった。
橘くんと出会ってから数ヶ月が経ち、告白されたことで関係性も少し変わったように思うけれど、それでもさらに一緒にいる時間が増えた。
春休みも、帰省やアルバイト、高岡との用事以外は、ほとんど橘くんに拘束されていた。
最初は、彼の気持ちに応えるわけでもないから、気まずく感じることのほうが多かった。
それに、橘くんの俺に対する気持ちへの気まずさだけではなくて、彼のためにも自分のためにも応えないほうが良いと分かっているのに、胸に飛び込んでしまいそうになる自分がいることも理由のひとつだ。
一緒にいる時間が長くなれば、確実に彼を求めてしまうし、このまま愛されたいと思ってしまうかもしれない。
元々彼は魅力的な人間だし、俺への好意は同情からではないと、告白以降の態度を見ていて感じることが多すぎるから。
それを分かっていながら、これまで通りに彼と関わりを持つことを、かなり悩んだ。
けれど、橘くんがどうしても一緒にいたいと言ってくれた。
「柚子さんが俺といることで悩むことがあるのなら、全部俺のせいにすれば良い。俺が付き纏っていて、離れられないからそうしているんだって」と、「今までと変わらない関係で良いから」と。ここまで言われたら断りにくいし、俺だって離れたいわけではなかったから。
その優しさに今は甘えることにした。
時々、胸が締め付けられることもあるけれど、この気持ちには気づかない振りをしよう、絶対に認めてはいけないと、そうして彼のことを考えると温かくなる心を、そっと押し込めて過ごしてきた。
……つもりだったのに、やはりそう上手くはいかない。自分の心なのに、コントロールできないんだ。
それから、橘くんと一緒にいることが多くなって、俺の心の問題以外に戸惑うこともたまにある。
「柚子先輩、私もきーちゃんって呼んでもいいですか?」
「あ、俺もきーちゃんって呼びたい。だって先輩可愛いもん」
「真宮、すげぇ人気者だな」
「……えっと、」
橘くんの友人たちとの関係だ。
これまで昼食は、俺と高岡のふたりで食べることがほとんどだったけれど、春休み明けからは橘くんのグループも加わった。
大勢でわいわいするほうが楽しいから、とのことで、高岡も同じような考えの人だからすんなりと賛成してくれた。
もちろん学年が違うし、それぞれの学部も違うから、毎日一緒ではないけれど、授業のコマ数が同じような日はこうして集まっている。
これまでも、学内で会った時に会釈してくれたり、挨拶されることはあったものの、一緒の時間を過ごすまでになるとは思っていなかった。
メンバーは俺と高岡、橘くんの他に四人いる。
目がぱっちりしていて、黒髪ショートの菜穂 ちゃん。金髪つり目の、ヤンキー感が漂う良樹 くん。
おっとりしている、茶髪のボブの千夏 ちゃん。無口だけれど、笑顔が素敵な壱 くん。
きっと橘くんの人柄が良いからだろう、彼の友人たちはみんな良い子だ。
ぐいぐい来られることに俺が慣れていなくて、ちょっと困ってしまう時もあるけれど。
「……好きなように、呼んでいいよ」
それでも、嬉しい気持ちのほうが大きい。
俺がゲイだと知っているのは橘くんしかいないとはいえ、こんなに多くの人の笑顔に囲まれることがあると、これまでの自分には想像もできないから。
嬉し恥ずかしい気持ちで、みんなに思わず微笑むと、その瞬間橘くんに頭を叩かれた。
「……った、」
「最悪」
「え?」
「きーちゃんは誰にも呼ばせないでって、前にそう約束したのにね。それ破っちゃうんだ」
「……あ、」
そう言えば、と少し昔のことを思い出す。確か、橘くんが逃げた俺を学校で見つけて、家に連れて行った時だね。
柚子は黄色いから、きーちゃん、とそう言っていたっけ?
俺は、ごめんねと謝ってみたけれど、橘くんは視線を逸らし、唇を軽く突き出してあからさまに拗ねた顔をした。
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