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柚子side

「俺、本当に嘘は言ってないよ」 「……、」 「柚子さん、とにかく好きなんだよ」 「……っ、」  怖い、怖くてたまらない。この状況から逃げられないことも、橘くんの言葉も気持ちも本心だと思えてきてしまうことも、そして何より、それに対して自分の心が流されそうになることが。  涙が止まらない。堪えても止められない。 「柚子さん、泣かないで」 「……ひ、ぅ、」 「ごめん、今日は俺が泣かせたね」 「……うぁ、」  ただでさえ何も落ち着いていないのに、次から次へと予想もしないことだらけ。  橘くんにこんなことを言われるとは思っていなかったし、寝て起きたら全て夢なんじゃあないだろうか。 「柚子さんが好きだよ」 「……っ、あ」 「すっげぇ、好きなの」  こんなふうに、誰かに気持ちを強くぶつけられたことはこれまでなかった。  津森さんも当時はたくさん愛の言葉をくれたけれど、それは付き合い始めてからだった。  それに出会いはサイトだ。相手をお互いに探し、実際に会う約束をし、会って体も繋げて、相性が良かったからまた会う約束をする。  それを繰り返しているうちに、お互い好意を抱くようになったから、それじゃあ付き合いますかとお付き合いを開始した。  初めての恋人と呼べる存在に俺は浮かれてばかりだったし、これでやっと幸せになれるんだと思っていた。  こんな俺を、大切にしてくれる人ができたと。  けれど、今考えてみれば、津森さんとは別の人に出会っていても、同じように思ったかもしれないし、津森さんだって俺じゃあない誰かを好きになっていたのかもしれない。  お互いに、誰か相手を探すためにネットを利用し、そこで出会ったのだから。俺は、たまたま出会ったのが津森さんだっただけだ。  他の人が受け入れてくれたら、俺はそれでも浮かれていただろう。  でも、橘くんは違う。  恋愛できる相手を探して出会ったわけじゃあないし、そんなに多くの時間は共有していないけれど、そばで俺のことをずっと見ていてくれた。  悲しい時はいつも隣で寄り添ってくれ、俺がゲイだと知り、引くどころかむしろ自分のことを好きになってほしいと、そんなことまで言ってくれる。  それが本当なのかは分からないけれど、でも、俺がほしかったものはこれなのかもしれない。  出会いを探して出会ったのではなくて、自然に出会って自然に好きになる。  ……きっと、ほしかったものはこれだ。  ずっとずっと思っていた。  どうしたら女の子のように見てもらえるのだろうかと。  女の子みたいに扱ってほしいとか、そういうわけではなくて、ただ、異性同士の恋愛がいわゆる普通とされるこの世の中で、どうすれば男が女を当たり前に好きになるように、男の人が俺を見てくれるのだろうって。 「柚子さん、好きだよ」  彼を好きになれば、たくさんの愛がもらえるかもしれない。今でさえこうしてストレートに気持ちをぶつけてくれている。  付き合ったら幸せな思い出が増えるだろうし、大学でもこれまで通りに会える。手を繋いでデートしたり、恋人として人前で隣に並ぶことはできなくても、津森さんのようにこそりと会うだけではなくなるはずだ。  陽の当たる場所で笑い合って、たくさんの時間を共有し、素敵な夢が見られるかもしれない。  それでも、いつかは壊れてしまうから。  ゲイだと思っていた津森さんも、最終的には結婚する人生を選択した。  彼でさえそうなのだから、橘くんはなおさらだろう。  橘くんにまで捨てられてしまったら、次は本当に立ち直れないと思う。  ただ幸せになるために、何も考えずに誰かを好きになって、暮らせたら良いのに。  価値観のすり合わせだとか、そういうステージにすら立たない。ゲイとノーマルとでは、壁があまりにも高すぎる。  橘くんを信用できないだけではなくて、愛し続けてもらえる自分でいられるわけがないと、そこを疑ってしまう。  心が泣いている。苦しくて痛い。 「柚子さん」  俺は、抱きしめてくれている彼の背中に、手を回しかけてやめた。  彼を好きになってしまいたいと、心のどこかで思っている時点でもう遅いような気がするけれど。  でもきっと、今は弱っているから。……ただそれだけ。  まだ戻れる、まだ大丈夫。引き返せるよ。  呪文のように、何度も心の中で呟いた。

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