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柚子side2
「夕ってば心せまーい! きーちゃん先輩もそう思いますよね? お前が拗ねても可愛くねぇよ、って今すごく言いたい気分です」
橘くんの目の前に座っている菜穂ちゃんが、顔に似合わず、わりと酷めなことを言ってふふふと笑っている。
言いたい気分です、と誤魔化したようなことを最後に付け足しているけれど、それもう言ってしまっているからね。
菜穂ちゃんの意外なキャラに驚いて笑っていると、橘くんは俺の座っている椅子を自分のほうへと動かした。
彼との距離が縮まり、肩が触れるか触れないかくらいになったところで満足したのか、やっと橘くんが口を開いた。
「菜穂、きーちゃんとか気安く呼ぶな」
「もう、夕うるさいよ」
「柚子先輩って呼ぶなら許してやる」
「何であんたが許可すんのよ。ねぇ? きーちゃん先輩っ!」
「ああ……、うん……?」
「ちょっと柚子さん!」
「夕! どんまい!」
わいわい騒ぐふたりを見て、高岡が「やっぱり若いなぁ」と意味の分からないことを呟き、良樹くんたちは「お前ら、またやってんのかよ」と呆れて見ている。
その光景を見ながら、羨ましさを感じ、少しだけ胸がちくりとする。
小突き合うふたりは、今日に限らずいつもお似合いに見える。良樹くんたちがまたやっているのかと言うくらいなのだから、俺たちと過ごしている時以外も、こうして戯れあっているのだろう。
横に並んでいても、言い合いをしていても、何をしてもお似合いに見えるふたりだ。
……嫌だなぁもう本当に。自分で決めたことなのにね。
二度と傷つきたくないし、痛みを味わいたくないからと、ずっと楽しく友人でいられるように、自分がこの関係を選択したのに。
こんな馬鹿みたいな感情、早く、早く、消えてくれ。
ふたりを見て笑っている顔の下ではそんなことを考えながら、俺は胸を数回さすった。
「柚子さん」
お昼を食べ終わり解散する流れになったところで、耳元で橘くんに名前を呼ばれ、みんなが歩いていく反対方向へと呼ばれた。
高岡に先に行くよう伝え、腕を引かれながら橘くんについて行く。
「どうかした?」
「うん。ちょっと柚子さんにだけ言いたいことがあってさ」
優しく俺を見つめながら、橘くんが頬を緩める。俺に好意的な気持ちを向けてくれている高岡や菜穂ちゃんたちともまた違う目だ。
……俺のことが好きでたまらないのだと、図々しくもそう思ってしまうほど、あまりにも優しすぎる眼差し。
さっきまで菜穂ちゃんとのやりとりを見ていた時の痛みが、別の痛みへと変わる。きゅうっと締め付けられるようで苦しい。
自分の心なのに、全然コントロールできない。
橘くんはそんな俺に構わず、髪をとくように俺の頭を撫でた。
「今日は、俺ん家でご飯食べよう。ふたりでさ」
「え、」
「何か予定入ってる?」
「……ううん」
「まじ? じゃあ決まり。やったね。四限目終わったら迎えに行くから」
「……うん」
最後に指を絡めるようにして俺の手を握り、「楽しみだね」とそう言って、少し頬を赤くしたままで菜穂ちゃんたちに追いつくように走って行った。
途中で振り返り、ひらひらと手を振り笑う彼に、俺もつられて手を振り返す。
たったそれだけのことなのに、涙が出そうになった。
橘くんの告白を受けてからの数ヶ月間、俺が流されることなく過ごすことができれば、そのうちに彼も気が変わって、やはりこれで良かったのだと俺も諦めがつくと思っていた。
そうすればこれからも、友人として隣にいることができるだろうと。
けれど橘くんは、俺への恋愛的な好意に何の変化もないように振る舞うし、今まで以上に彼の優しさが染みるし、かっこいいと思ってしまう。
行動の一つ一つに胸が高鳴り、ドキドキして苦しい。それでも、距離を置く選択をすることができずに、結局は彼のペースにのまれて、気づいた時には彼への気持ちが大きくなっている。
何度も橘くんが好きだと認めてしまいそうな瞬間があるし、彼にその気持ちを伝えたい衝動に駆られることもある。
今日だって、用事があるからと断ってしまえば良かったのに、俺はもうそれすらもできない。
こんな状態で、このまま友人でいられるわけがない。
かといって、彼への気持ちを認めてしまったとして、その後どうすれば良いのかも分からない。
伝えたことで彼と結ばれでもしたら、“いつか”が来た時に手放せなくなってしまうだろう。
津森さんの時のように、最後は諦めてさようならなんて、橘くんとは絶対にできない。
「……もう分かんないや。ぐちゃぐちゃだ」
次の講義がある教室へと向かい、高岡の隣に座った。高岡に何かを言われたけれど、その内容も、そして授業も、何も頭に入らない。
その後、橘くんが迎えに来る時間まで、ぼーっとして過ごした。
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