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柚子side2
「……ん、」
カーテンの隙間から光が漏れているのだろう、何となく部屋が明るくなってきたような気がする。
少しずつ目を覚まそうと思うものの、眠気のほうが勝り、なかなか難しい。
寝ぼけたままで、今何時だろうと枕元に置いたはずのスマホを、手を伸ばして探すも見つからず、反対側に置いたのかもしれないと寝返りを打った時、鼻に何かがぶつかった。
いつもはない違和感に驚き、一気に目を開くと視界に入ってきたのは鼻と唇だった。
昨日橘くんに誘われて泊まり、今に至っていることを思い出し、すぐに分かることだろうに気づかないなんて馬鹿みたい、いやでもそれだけ自然に眠れていたということか、なんて今の中でひとりで会話する。
少しずれていたら唇に当たっていたかもしれないと思ったところで、それ以上考えることをやめた。
初めて泊まった時は橘くんが先に起きていたから、俺だけが起きてこうして彼の寝顔を見ている状況が少し不思議な感じがする。
俺は橘くんを起こさないようにゆっくりと体を動かし、少しだけ彼から離れた。
セミダブルとはいえ男ふたりが寝ていればあまり余裕もないから、そこまで離れていないようなものなのだけれど。
「ふふ……」
橘くんの寝顔は普段よりいつも幼く見えた。無防備さに何かちょっかいをかけてみたい気持ちになる。
手を伸ばし、彼の頬に触れてみると、想像以上に柔らかくて弾力のあるその肌に驚いた。止まらなくなって、何度か強めに押してみる。
起きている橘くんには絶対にできないことだから、今のうちにしておかなければと思うと、妙に楽しい。
とごまでなら起きないかな? 橘くんは眠りが深いタイプなのかな?
「ふふ……」
「きーちゃん、何してんの」
「……あ、ごめん、」
そろそろ起きてしまうかも……という予告もなく、橘くんはいきなり目を開いた。起こすかもしれないと思いながらその行為をしていたとはいえ、構えが足りず心臓がバクバクする。
悪いことをしていたわけではないけれど、褒められる行為でもないから。
「柚子さんより先に起きてたんだ」
「じゃあ寝たふり?」
「そうだよ、何かしてくれるかなと思って」
「……しちゃいました」
「好きに遊んでいるから、お返しに驚かそうと思って、こうやってやってみた」
「それ、びっくりしたよ」
橘くんが何度も目を見開いて見せ、ふたりでケラケラと笑う。「俺の頬は気持ち良かった?」と聞かれ頷けば、「柚子さんのほうが気持ち良いけどねぇ」と同じように触られる。
その触り方に本当にずっと起きて、彼で遊んでいた俺を見ていたんだなと思うと恥ずかしい。実際は目を閉じていたから見えていないにしろ、俺がどんな表情で触れていたかも、彼はきっとお見通しだろうし。
「柚子さん」
「ん?」
「こっちにおいで」
「……や、」
「じゃあ俺がいく。端から落ちないようにね」
ぐっと距離を縮められたかと思うと、背中に手を回され、橘くんの胸元に顔を埋める形で抱き寄せられた。
身長差がないから普段は目線が彼の胸元になることはないけれど、こうしてみるときれいにすっぽりおさまっている感じが少し嬉しい。
いつもの彼の匂いに照れながらもどこか安心していると、「俺と同じ匂いがするね。こういうの地味に嬉しい」と橘くんが髪にキスを落とす。
「柚子さんと穏やかな朝が迎えられて嬉しい。あんたは寝起きも可愛いでしかないね」
「寝起きが可愛いって変なの」
「分からないなら良いよ。どうせあんたは朝以外も可愛いからね」
「どうせって何……」
「いつもどの瞬間も可愛いねってこと」
朝だから寝ぼけているのかとツッコミを入れようと思ったけれど、それに対してもっと恥ずかしい返しをされるかもしれないと思ってやめた。
「柚子さん」
「なぁに」
「二度寝する? 休みの日はのんびり寝る派?」
「どっちでもいける派」
「じゃあお昼ご飯食べてから、映画見に行こうか。……あんた抱きしめたまま眠らせて」
「……ん」
抱きしめたままだけれど、お互いに寝やすいように位置を調整する。背中に回された手も緩くなり、優しく背中を叩かれる。
橘くんとのやりとりでほとんど目が覚めていた俺だけれど、トントンと触れられているうちに徐々に瞼が重くなっていく感覚がする。
心地よい温もりに包まれながら、俺はもう一度目を閉じた。
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