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柚子side2
「わー! 柚子さんが、俺の服着てる! やばい!」
「……どういうこと? 何がやばいの」
両手で目元を隠し、わざとらしく指の隙間からこちらをチラチラ見る橘くんを睨みつけると、「何がやばいか分かるだろ!」と言われた。
約束通りお昼に起きた俺たちは、昨日の残りのカレーに卵を落としてチーズをかけて食べた。
それから映画を見に行こうと準備を始めたけれど、元々泊まる予定のなかった俺は着替えも持って来ておらず、彼の服を借りたんだ。
真夏でもないし、同じ服を着ても良かったのかもしれないけれど、なんとなく昨日のカレーの匂いが染み付いている気がして、「身長変わらないんだし、俺の服を着れば?」と提案してくれた橘くんに甘えることにした。
それで今に至るのだけれど、橘くんの服は最初に来た日も、昨日も借りているのだから、特別なことはないだろうに。
「部屋着とはまた違った感覚がするんだよね。何だろう……」
「そんなこと言われても分からないよ」
「部屋着の時は無防備さがあって良かったけれど、この服は無防備さがないからこそ、反対にドキドキしてくる……」
「……だめだ。やっぱり何を言われているのか分かんないや」
指の隙間から見るのをやめ、橘くんは俺にカメラを向けた。
「ねぇ、何してるの?」
「記憶の中だけじゃあもったいないと思って」
撮って良いかの許可も取らず、勝手に撮られたし、しかも連写な気がする。その後、意図が分からずに困惑している俺を置いて、クローゼットから別の服を取り出して来た。
「これも着てみてくれる? 柚子さんが着たら可愛い気がする」
アイボリーのワイドパンツに、鮮やかな青のカーディガンを渡された。「中は白とかで良いかな」とシャツも渡され着替えるように促される。
映画の時間と電車での移動を考えれば、そんなにのんびりしている時間はないのに、橘くんには断れない雰囲気があった。
俺はあくまで借りる側だし、橘くんが貸してくれるものを着なければならないからと、渋々着替えて彼の前に立てば、「やっぱり良い!」と抱きしめられた。
「俺が着るのと雰囲気違うね。柚子さんは何色でも似合うなぁ。可愛い。髪色とも合ってるし。これあげようかな」
「えっ!」
「それで俺が、色違いを買う。お揃いにする」
「そんなことしたらみんなに笑われちゃうよ。菜穂ちゃんにつっこまれそう」
「ふたりの時しか着ないようにするから」
俺の後頭部を撫でる、彼の手つきが優しい。
耳元で喋られるとくすぐったいけれど、少し曇ったように聞こえる彼の声が心地良い。
お揃いだのふたりの時しか着ないだの、些細なことなのに特別さが増していく。
「橘くん、じゃあさ、俺が色違いプレゼントする?」
「……やばすぎ」
橘くんは俺を撫でるのをやめ、もたれるように肩に顎を乗せると、そのままかたまってしまった。
しばらくして、首筋や頬、目元に何度もキスを落とす。
「柚子さん、ごめんね。俺、昨日からずっと強引な気がする。言い訳だけど、昨日も今日もずっと楽しくて、テンション上がってるんだよね。浮かれてるの、やばいくらいに」
「……俺も楽しいよ」
「またそうやってさぁ! あんまり可愛いこと言わないで。柚子さんがずっと可愛いから、俺もう離れられなくなった」
再び橘くんが俺を抱きしめ、くすくすと笑う。
「可愛いがよく分かんないけど、離れられなくなったというか、さっきからずっとこうじゃん」
「うるさい。好きすぎて我慢できないんだよ。触れたいって思う。柚子さんのことすごい好きだから」
「……う、」
橘くんは恥ずかしげもなくそう言って好意を伝えると、頬にキスをし、じっと俺を見つめた。少し甘えたような表情で、彼のことを可愛いと思ってしまう。
彼はよく可愛いと伝えてくれるし、その言葉を色んな場面で使うから、意味が分からないことが多いけれど、もしかして、こういうことなのかな。……愛おしく思う、みたいな。
俺も橘くんを見つめ返すと、優しく微笑まれた。
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