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柚子side2

「柚子さんからって威力がすごい」 「ふふ」 「可愛すぎるからもう笑わないで」  そう言って膝を抱えるようにして座り、何も言わなくなってしまった橘くんの横に、俺も同じ姿勢で座る。  完全に浮かれている俺は、もう一度彼の耳にキスをした。綺麗な黒髪にもキスをすると、少しだけ顔を上げた彼に見つめられる。 「柚子さん、」 「ん?」 「俺たちさ、玄関先で何やってんだろうね」 「……ふっ、本当だ」  くしゃりと笑った橘くんが俺に手を伸ばし、その手を掴むと一気に引き寄せられた。ふたりともバランスを崩し、そのまま床に倒れ込む。  ひんやりとした床は気持ちが良く、火照った体を冷ましてくれる。  隣に倒れている橘くんを見ると、もう片方の手で頭を優しく撫でられる。仰向けの姿勢から横向きに直し、彼を見つめ返した。  掴んでいた手は一度離し、それから指を絡ませて繋ぎ直す。 「橘くんの手、あついね」 「柚子さんだって汗かいてるじゃん」 「……橘くんのだよ」 「俺の?」 「うん。だって俺、汗かかないし」 「ふはっ、」  こんなやりとりでさえ、橘くんは可愛いと言って笑った。  口を大きく開けて、きれいに笑う彼の笑い方がとても好きだ。声を出している時も、微笑んでる時も、鼻で笑う時ですら。  俺まで嬉しくなるし、つられて自然と頬が緩む。相手を幸せにする笑顔だと思う。  真っ直ぐ見つめてくれる、その目も好きだ。俺の名前を呼ぶ声も好き。柚子さんやきーちゃん呼びも、時々呼ばれる「あんた」呼びも、どれであっても嬉しい。  俺を優しく包んでくれる、ほど良く筋肉のある腕とその大きな手も好き。抱きしめられた時に香る、石鹸の匂いも。  俺を思って行動してくれる強さも、誠実さも、不安を吹っ飛ばしてくれる真っ直ぐさも。人を惹きつける魅力があるところも、友人に囲まれているところも。 「……大好き」 「俺も大好き」 「俺を見つけてくれてありがとう」 「こちらこそ、雨の日に歩いてくれてありがとう? これで合っているのか分からないけど」 「うん、ふふ。橘くんの第一印象は良くなかったけれど」 「おい」 「でも優しい人だとすぐに分かったよ。ボロボロだった俺を拾ってくれてありがとう」 「もういいよ、もういっぱいだから。ありがとういらない。ありがとうはこっちの台詞」  繋いだ手の甲に口付けられ、俺も同じ様に返すと、今度は唇にキスをされた。柔らかな感触に笑みが溢れる。  俺にとっての幸せの証拠。これが夢じゃあなくて現実のことだと、教えてくれる大切な温もり。  俺は繋いでいる手に力を込めた。 「ねぇ、明日は日曜じゃん」 「うん、?」 「だからさ、今日も泊まっていけば?」 「……いいの?」 「いいよ。むしろそうしてほしい。柚子さんを帰したくない。朝起きて夢だったらどうしようって思うもん」 「……なんだよそれ」  太陽の光で自然と目を覚まし、寝ぼけたままキスをして、これが現実だという安心感に包まれながら二度寝して、朝か昼か分からない時間にご飯を食べようと、橘くんは笑った。  その光景を当たり前に想像できることがたまらなく嬉しい。  たまたま出会い、そして好きになり、これからは恋人としての当たり前の経験ができるんだ。大好きな橘くんと叶うんだ。 「ちゃんと言ってなかったけど、俺と付き合ってくれるってことだよね? 柚子さん、俺の恋人だよね」 「あ、うん。本当だ。好きを伝えるのに夢中で」 「俺も好きを伝えてもらえて、それだけで満足して終わってた。言ってなくてごめんね。改めてよろしく。俺の愛に押し潰されないように気をつけて。嫌がっても離してあげないからね」 「望むところだ」 「……可愛すぎ」    目の前に好きな人がいて、その人も俺のことを好きでいてくれて、昨日も今日も一緒にいるのに、明日も一緒が良いと言ってくれる。  これまでもたくさん愛情を注いでくれていたのに、これからは押し潰すほどだと言うのだから、彼の愛の深さはどれくらいなのだろうか。  でも、俺だって負けていないはずだ。これまで戸惑ってばかりだったけれど、もう覚悟を決めたんだ。  大切な人から愛情をもらい、そして同じだけ相手に返すことが許される、そんな関係になれたのだから。 「柚子さん、」 「なに?」 「可愛い」 「言いすぎ」  ……失うことを考えたら、それはとても怖いけれど。でも今は、そういう存在ができたということを、純粋に喜べている自分もいる。  橘くんに出会えて、本当に良かった。 「柚子さん、好き」 「俺も好き……」 「ね、目閉じて」  何度も重ねられる唇に幸福感を抱きながら、俺は静かに目を閉じた。  

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