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柚子side2
橘くんは何も悪くないのに、何度もごめんと呟いていた。謝らなければならないのは俺のほうなのに。
橘くんは本当に俺のことしか考えていないみたいだ。この人はどうしてこんなにも俺のことを優先できるのだろう。
何かあった時に、その先のことを考えて動けなくなることが多いのに、彼はこれからも自分のことでも先のことでもなく、俺のために動いてくれる気がする。
そんな彼に俺は、どうやって感謝の気持ちを伝えたら良いのかな。
「柚子さんのことになると、本当余裕ないわ。かっこ悪いね、俺」
ふーっと息を吐いて、それから橘くんが笑った。
「かっこ悪いけど、それでもいい気がしてる。これからも俺は、柚子さんのことを俺なりに考えていきたいし。たまに暴走するかもしれないから、どうしてもやばい時は俺のこと止めてね」
向けられた笑顔が、彼の言葉が、何もかもが心に沁みていく。
基本的に優しい彼の新しい一面も知り、それと同時に、彼が俺に対してどれだけの想いを抱えてくれているのか、そして俺がどれほど彼を愛おしく、そしてありがたく思っているのか、思うべきなのか、とにかく色んなことを考えた。
橘くんは本当に素敵な人だ。ここまで誰かのために動ける人はいない。
自分が枠の外に出されるかもしれない怖さを考えられていないというより、考える必要がないと自ら手放す強さがあるし、そうして広げた手で、俺を受け止めようとしてくれる。
飛び込んで良いと、むしろそうしてほしいと、ストレートに伝えられる彼の気持ちのおかげで、俺もそれに甘えてみたいと思えた。
何が返せるかは分からないけれど、彼が俺に与えてくれたように、何かあった時には何よりも彼が大切だと、それが伝わるような振る舞いをしたい。そしてそれが許される関係になりたい。
「柚子さん。今まで色んなことがあったんだね」
「……っ、」
「でも、これからは俺がいるからね。俺があんたを守れるか分からないけれど、それでも俺がいれば大丈夫だと、そう思ってもらえるようにしたい。そんな存在でいたいな」
「橘くん……っ、」
「あぁでも、あまりに気を許しすぎてしまったら、俺が柚子さんを取って食っちゃうかもしれないけどね。というか今でもほぼ食べているようなものだけどさ」
場を和ますためなのか、自分の発言に照れたのか、橘くんは俺の手の甲にそっとキスをした。それからいたずらな顔をして、かぷりと噛みつく。
何だよそれと笑いながら、俺の目から涙が出ていることに気づいた。
「柚子さん? どうした?」
本当にどうしちゃったんだろう。あれだけどんなふうに伝えたら良いか分からなかったのに、今はもう、溢れて止められなくなりそうだ。
「……取って、食えば良いじゃん」
橘くんが目を見開いた様子が見えたと同時に、俺の視界は歪んで見えなくなった。ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。
「柚子さん? ねぇそれって……」
「橘くんが、好き。……どうしようもなく好きだ」
手を握りしめたまま、橘くんが姿勢を正した。俺のほうを向き、もう片方の手も握ってくれる。
ガタガタとうるさく揺れる車内で、あまり大きな声で話はできないけれど、それでもお互いの声だけは、はっきりと聞こえていた。
「……好き、好きなの。これからまた、今日みたいに困らせてしまう時が、あるかもしれない。それでも、もう止められないんだ。橘くんのこと、すごい好きだ。今日、かっこよかった。なんでこんなに俺のこと、好きでいてくれるか分からないけれど、でも、全てが嬉しかった。橘くんが、俺のこと、たくさん考えてくれて、それで俺も、同じように返したいって、そう思った。この気持ちを、一度こんなふうに吐き出したら、俺はもう、止まらないと思う。自分でもどうしたら良いか、分からない。好き、どうしようもなく、橘くんのこと、どうしたら良いか分かんない、止められない、」
何も整理できないまま、考えられないまま、浮かんできた言葉を彼にぶつけた。みっともないことだけれど、それでも止められなかった。
きれいに整えてから表現できれば良かったけれど、そんな余裕もなく、息をするみたいに次から次に言葉が溢れ出てくる。
橘くんは優しく視線を合わせ、眉を垂らしながら時々頷いて聞いてくれた。
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