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柚子side2
彼がどう思ったのかは分からないけれど、それでもこれだけの気持ちを伝えられたことが嬉しい。
馬鹿にして笑われることも、気持ち悪いと拒否されることもなく、大好きな人に受け止めてもらえるのだから。
「どうしよう柚子さん。俺、泣きそうだ」
「……もう泣いてるじゃん」
「ふはっ……、ダメだな俺。でも柚子さんは、鼻水も出てる、可愛い」
お互いぐちゃぐちゃな顔がさらにひどくなるくらいに笑い、それからティッシュで鼻をかんだ。
窓からの景色を見て、公園があるから今度行ってみようだとか、あそこらへんに美味しいお店があるだとか、色んな話をしたけれど、頭の中は今すぐに橘くんを抱きしめたい、とそればかりだった。
でもここは電車の中だから、最初に橘くんがそうしてくれたように、こそりと手を握り合うくらいしかできない。
手を繋ぐだけで、こんなにも幸せなことがあるのだろうか。まるで指先にまで心臓があるようだ。
温かな、それでいて激しい鼓動が全身を巡り、指先もドクドクしているのが分かる。
「橘くん」
「ん?」
「……いつも、傍にいてくれてありがとう」
「こちらこそ」
「……好きに、なってくれて、ありがとう」
「俺も、ありがとうって思っているよ」
「橘くん、俺ね、」
「柚子さんだめ。それ以上は言わないで。……ここが電車の中だってことを無視して、あんたに触れたくなってしまうから」
「……っ、」
絡み合った指先に力を込めながら、橘くんが俺を見つめる。頬から耳まで真っ赤で、その姿がさらに愛おしい。
「柚子さんの手に触れていたら、もっともっとと思うから、いったん離してしまったほうが良いのかもしれないけれど、でもそれも無理だよね。触れたら止まらなくなりそうなのに、でもどこかは触れていたいんだ。分かる?」
時々視線を逸らしながら、それでも最後は俺ばかりを見つめ、橘くんがそんなことを言う。
真面目な顔をして言う内容ではないと思うものの、俺も全く同じ気持ちだから頷いて聞いた。
「分かる……」
「俺さ、これ以上柚子さんに触れることもそうだけど、嬉しすぎて叫びたいくらいなんだよね。こんな幸せなことないよ」
「うん……」
俺だって、自分の家にひとりだったら、叫んでいただろうし、飛び跳ねていたかもしれない。
じっとしていられず、動いていないと落ち着かないくらい、今、胸の内側が騒がしい。
「でもこれ以上の幸せを、今後もたくさん重ねていけるんだと思うと、その期待ごとあんたを抱きしめたくなる。柚子さん、俺やばいよね。今日だけで何日分かくらいの経験をしている気がする」
「興奮、してるよね。よく喋るもん」
「喋ってないと頭の中がうるさくなって、何しでかすか分かんないから喋らせて」
「橘くん、顔真っ赤だよ」
「……柚子さんには負けると思う」
「そんなことないよ」
「いや、あんたも真っ赤だね」
橘くんが片方の手を俺の頬に押し付けた。いつも体温が高くて温かく感じる彼の手と自分の頬との体温の境界線が分からなくて、自分が思ったよりも熱を帯びていることを知った。
橘くんより真っ赤な顔をしていたら、それはあまりにもひどいかもしれない。
「これで分かったでしょ?」と、指先ですりすりと触れて橘くんが笑った。
「ねぇ。駅からさ、俺の家が近くで良かったね」
「え?」
「最寄駅着いたら、走る気力ある? 走って帰って、すぐにでも柚子さんを抱きしめたい」
「それ以上言わないでと言ったのに、俺にはめちゃくちゃ言うじゃん。俺だって橘くんにもっと触れたくなるよ」
「柚子さんが言うのはだめ。無理、耐えられない」
「ずるいよそれ」
周りが見えていないバカップルみたいな会話を、ずっと小声でしているこの状況に笑いながらも、それでも目頭がじんわりと熱くなり、時々視界が揺れる。
幸せで泣きたくなるって、きっとこういうことなんだろうな。今ならそれがちゃんと分かる気がした。
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