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夕side
「柚子さん、えっちだね」
「……っ、」
「それとも、今日泊まりに来る?」
「うわぁっ……!」
耳元でそう囁けば、耳まで赤くなった。こういうところは単純で、そこもとても可愛いと思う。
俺が柚子さんを揶揄い、それに素直に反応してくれるこの瞬間がたまらなく好きだ。
赤くなった耳を引っ張りながら笑うと、柚子さんが頬を膨らませた。すかさずその顔を写真におさめる。
ああ、やばいな。今すぐに抱きしめたい。
「やっぱり今日も一緒に過ごしたいから柚子さん家行かせて。高岡さんとかと予定ないよね?」
「ないけど、終わりの時間が全然違う日じゃん。待たせちゃうよ。あと部屋汚い」
「ねぇそれいつも言うけど、言うほどじゃないじゃん」
「……今日こそ汚い」
「じゃあ俺ん家来る?」
「……」
こんなことを言いながら、柚子さんは内心来てほしい気持ちでいっぱいだとお見通しだ。
人通りが増え、壁のほうへと追いやられたのを良いことに、俺は手だけでも触れたいと、柚子さんへと手を伸ばした。
けれど、触れられる直前で、後ろから激しめに背中を叩かれた。
振り返らなくても誰だか分かる。菜穂だ。
「きーちゃん先輩と夕、見っけー!」
「菜穂ちゃん!」
菜穂に名前を呼ばれ、柚子さんの表情が和らいだ。菜穂は柚子さんに対して距離感が近いから、実際はどう思っているのか気にしていた時期もあったけれど、今はだいぶ心を許していると思う。
ただ、今はタイミングが違う。今日の夜の予定を立て終わっていないのに。
「おい、菜穂。お前タイミング悪すぎ」
「は? 意味分かんないし」
「菜穂ちゃん、タイミングすごい良かった」
泊まりの話の時に揶揄ったのが悪かったのか、柚子さんが一瞬べーっとして俺を見ていた。
自分だって泊まってほしいはずなのに、そんなことするんだ?
「ふふっ。きーちゃん先輩発見センサーが作動したんです」
「何が発見センサーだよ、菜穂のくせに。たまたまだろ」
「うるさい」
小柄なわりに力の強い菜穂は俺を突き飛ばすと、その隙に俺たちの間に割り込み、それから柚子さんの腕に自分のを絡めた。
突然のことに柚子さんは驚いた表情をするけれど、すぐに微笑み菜穂の頭を撫でた。
「みんなのきーちゃん先輩なんだから、夕ばっかり取らないでよ」
「は? 何やってんの? 柚子さんも何受け入れてんの」
俺は柚子さんと菜穂の腕を掴み、ふたりを引き離した。菜穂に見えないようにしながら柚子さんに怒った表情を向けると、しゅんとして小さくなる。
そんな可愛い反応をしたって、ダメなものはダメだからね。軽く指先で柚子さんの額を弾いた後、菜穂を次の教室の方向へと引っ張る。
「けち! 夕のばか! あほ!」
「うるさい」
拗ねた顔をして菜穂が俺の膝を蹴り、女子の力とは思えないその強さに驚かされるけれど、柚子さんの前だからと平然を装う。
「次、専門の授業だから同じだろ。このまま連れて行く」
「離せ! ばか夕」
「黙れ」
「きーちゃん先輩……! 先輩、助けて!」
「柚子さん、無視していいから。また後で連絡するから。ちゃんとスマホ見ててよね」
「……あ、うん」
オッケーと指で示しながら、柚子さんがふにゃりと笑った。それから、頑張ってねと俺たちに手を振る。
俺は菜穂の腕を掴んだままで柚子さんに手を振り返した。
少しだけ表情が曇っていた気がするから、やっぱり今日、柚子さんの家に泊まりに行くと連絡しよう。
いつもの悩みに、菜穂への嫉妬が加わったのだろう。可愛い人だ。
嫉妬してもらえるのは嬉しいけれど、柚子さんは言わずに押し込んでしまうタイプだから。それに今回の場合は、柚子さんが菜穂と腕を組んだほうが問題だと思うけどね。
いったん帰ってから必要なものを用意して、柚子さんが授業終わって帰る頃に戻って来て、合流すれば良いか。多めに荷物を持って行って、柚子さん家に置いておくのも良い。
今日の流れを決め終えて隣を見ると、菜穂がムスッといじけた顔をしていた。大人しくなったのを確認して腕を解放してやると、思いっきり睨まれた。
コイツは本当、いつまで経っても変わらない。
「柚子さんにやたら絡もうとするなよ。距離近すぎ」
「仕方ないじゃん、可愛いんだもの。距離が近いどころかゼロのあんたに言われたくないけどね」
「俺は良いの。俺が柚子さんを見つけたんだから」
「はぁ? キモ。今のきーちゃん先輩の前でも言える?」
「言える」
いくら優しい先輩でもそれは引かれるかもねと、菜穂が呆れる。
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