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夕side

 菜穂とは、実は高校からの付き合いで、クラスが三年間同じだった。中学は違ったけれど、受験前に通い始めた塾が一緒だったこともあり、友人期間は長い。  菜穂は好き嫌いがはっきりしている性格だから、誰がお気に入りなのかすぐに分かる。一方的に誰かを嫌っているわけではなくて、正義感が強いほうだから、そういう面での好き嫌いが多いんだ。  そんな菜穂にとって、柚子さんはかなりのお気に入りらしく、俺といる時に柚子さんを見つけると、今みたいな感じで俺よりも早く反応して走って行ってしまう。  柚子さんは素敵な人だから、菜穂たちが好く理由も分かるけれど、それが少し面白くない時もある。心が狭いと言われればそれまでなのだけれど。  だって俺と柚子さんは大学内で堂々と腕を組むことはできないのに、菜穂は何も考えずにできてしまうなんて、気に入らないに決まっている。  菜穂や良樹たちに隠さずに言ってしまえれば少しは楽になるのかもしれない。  そりゃああれだけ「柚子さん柚子さん」と構っていれば、好意を向けていることは十分に分かっているだろうけれど、その好意が恋愛感情だとはまさか思っていないだろうから。  俺の口からは絶対に言えない。  菜穂はもちろん、良樹や壱、千夏だって今年出会ったばかりだけれど、すごくいい奴だって分かっているし、男同士だからどうこうは言わない奴らだと思っている。  けれどこれは、俺だけの問題じゃあなくて、柚子さんとのふたりのことだから。今までの柚子さんが経験してきたこと、されてきたことを考えると、そう簡単に言うべきではないことなのだろう。 「……った!」  突然、横腹に痛みが走り、隣の菜穂を睨んだ。何てことをするんだと言えば、もう一度同じところを叩かれる。 「きーちゃん先輩のことで俺は特別なんだ感を出してくるくらいなら、まず私らにも伝えてほしいけどね。あんたが考えてることなんか、すぐに分かるんだから」 「は?」 「こっちからは何も言わないけどさぁ」 「……え?」  菜穂の意味深な言葉がとても引っかかる。分かるって何が……?   「おい、菜穂」 「あ、ちなっちゃんとイッチーとヨッシー見っけー!」 「待てって」  どういうことかと尋ねようと、菜穂の肩に手を置こうとした時、数メートル先に彼らを見つけ、走って行ってしまった。  このタイミングを逃してしまったから、何のことだったのかわざわざ聞くことは難しいよな。  ……もしかして、気付いているのかな。  走って行く菜穂の背中を見ながら、なんとなくそんなことを思った。  友人として多くの時間を過ごしてきたし、俺が何も言わなくても分かってくれていることも多かった。  でも俺から言うまでは、聞くつもりはないはないってことだろう。  柚子さんに構うのも、知っていても変わらず柚子さんのことが好きだと、そういうメッセージなのかもしれない。  ふと、笑いがこぼれた。普段はぎゃんぎゃんうるさいのに、菜穂なりに考えてくれているし、きっと俺たちにとってありがたい優しさだと思う。  いつか、柚子さんとの関係を言えたら良いな。それを祝福してもらったら、柚子さんの自信に少し繋がるかもしれない。 「夕! おっそーい!」 「置いてくぞー」  少し離れたところから菜穂と良樹が叫ぶ。ごめんごめんと軽く謝って、彼らの元へと急いだ。  それから席に着き、柚子さんに「今日泊まるから。後で柚子さんの教室まで迎えに行くね」と連絡した。

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