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夕side
◇
「たち、ばなく……ん、」
「なに?」
「首、嫌だ。あせ、かいて、る……!」
「んー、ちょっとすっぱいもんね」
「……うぁ、」
柚子さんの講義終わりに教室まで迎えに行き、そのまま一緒に柚子さんの家に帰ると、すぐに床に押し倒した。
驚いて目を見開く柚子さんがたまらなく可愛くて、少し意地悪してやろうと首筋を舐めると、肩を振るわせながら抵抗しようと俺の胸元を押す。
こういうところも可愛い。ちっとも拒否できていないし。
「本気で嫌がってないでしょ」
「なんで、そんなことい、うの……っ」
鼻や頬、あらゆる場所にキスをし、それから髪の毛で遊んだり、シャツをずらして鎖骨に歯を立てた。柚子さんは押しても意味がないならと、身を捩り逃げようとするけれど、それも叶わない。
「やめ……っ、」
「やーだ」
「……っ、」
「菜穂と腕を組んだり、頭を撫でた罰ね」
可愛い抵抗を繰り返す柚子さんに、大したことない理由で罰だと言うと、抵抗するのを止め少しだけ拗ねた顔になった。
「だって、菜穂ちゃんは、いい子で、明るくて、楽しいし……」
「……まぁね」
「後輩ができたのは、素直に嬉しいし、橘くんの友人だし」
「うん」
「橘くんの友だちなら、俺も仲良くしたい」
「……うん、」
「橘くんの好きな子なら、俺も好きになりたいし、俺のことも好きになってほしいし……。だからだよ。……優しくしたら、だめなの、」
段々と声が小さくなり、恥ずかしくなったのか近くにあったクッションで顔を隠してしまった。
可愛い犬の顔が大きく描かれているクッションで、柚子さんの顔部分にきれいにハマっているから笑えてくる。わざとじゃあなかったら、あまりにもセンスが良すぎるだろ。
「柚子さん、それ」
「え?」
「顔が犬になってるよ」
「……あ!」
何が起きたのか確認した後、慌ててクッションをひっくり返し、無地のほうを表にする。本当に偶然そうなったのかと思うと、愛おしさが込み上げてくる。
はぁ、全てが可愛すぎる。
「俺のために菜穂と仲良くして、俺のために犬になったの?」
「犬、には、なってない! 橘くん、意地悪、しすぎ……」
息が苦しくなるでしょと、クッションを取り上げると頰を赤くし、髪が乱れている柚子さんがいた。
「でも俺のために、菜穂たちと仲良くしてくれているってことだよね。柚子さん、優しいね」
「優しいわけじゃあないけど」
「優しいよ。正直に伝えてくれるところは可愛いし」
「……う、」
最近の柚子さんは、思っていることを伝えてくれるようになってきた気がする。でも、まだ言いたいことがあるでしょ?
クッションを柚子さんの頭の下に置き枕がわりにし、その横に寝転んだ。頬にそっと触れ、熱を帯びたそこを撫でる。
「他には?」
「え、」
「他にも言いたいこと、あるでしょ?」
言葉にして伝えてよと、じっと目を見つめる。ゆっくりと顔を近づけ、鼻と鼻を合わせれば、柚子さんはさらに真っ赤になって、今度はぎゅっと目を瞑った。鼻根にできたシワがまた可愛い。
シワを指先でほぐしながら唇にはむりと噛みつくと、「ん、」と小さな声が漏れた。その声ごと食べてしまおうと深めにキスをするれば、柚子さんは必死に舌を動かし、苦しそうにしている。
薄く開かれた目には涙が光っていて、それを見てやりすぎたかもしれないと後悔した時に、柚子さんが俺の背中にそっと手を回した。
それから指先に力を入れ、俺のシャツを握りしめる。
「柚子さん」
「……ん、」
「言ってよ」
「……、」
視線を合わせ、唇を指先でつつく。今度は優しく触れ、柚子さんのペースに合わせる。
しばらくキスに答えてくれた後、柚子さんは逃げるようにして視線を逸らした。
それから耳を澄ませていないと聞こえないくらいの声で、「自分だって、菜穂ちゃんと仲良く、してるじゃん……」と言って、俺の胸に潜り込んだ。
……ああ、本当可愛いな。
柚子さんが嫉妬していることは知っていたから、質問への返事も、その時に見せるだろう表情も、声色もある程度想像できていたのに、本人の口から紡がれる言葉は、どうしてこんなに愛おしさをくすぐるのだろうか。
他人からみれば大したことのないこのやりとりにさえ、柚子さんの魅力が詰まっている。
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