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夕side

「柚子さん、」 「なに」 「可愛いね」 「……っ、」  俺を見つめるその瞳には、照れと不安が混ざっているように見えた。 「嫉妬した?」 「……や、」 「菜穂と仲良くするの、やだ?」 「……嫌、じゃない」 「本当に?」 「菜穂、ちゃん、いい子なの知ってるから」 「ふぅん」  目を逸らさずに、意地悪な笑顔を向けると、柚子さんの睫毛が小さく震えた。  分かっているよ、そういうつもりでの嫉妬じゃないもんね。ごめんね、ちょっとからかってみただけ。 「柚子さん」 「……う、」 「菜穂はね、高校三年間同じクラスだったの。中学の時は塾が一緒。だから友人歴が結構長くて、仲良く見えているならそれが理由だね」  柚子さんの目が、ゆっくりと大きく開いた。と同時に、溜まっていた涙が何粒か頬を伝う。  光るそれを指の腹で拭い、それから柚子さんの額にキスをした。 「柚子さんが可愛いから。ちょっとだけ意地悪してみた。ごめんね」  許してほしいと言ってもう一度額にキスをすると、柚子さんがふにゃりと笑った。 「大学からの知り合いのはずなのに、何でこんなに仲良しなんだろうって、思っていたんだ?」 「……う、ん、」 「ふは、それを言うなら俺らのほうが、だけどね。出会って半年も経っていないくらいなのにね」 「……あ、」 「もうずっと前からの知り合いのように感じているし、前世でも恋人だったんじゃあないかと思うくらいには、俺は柚子さんが好きだよ」 「……そんな恥ずかしいこと、よく言えるね」 「あんたが言わせたんでしょ」  恥ずかしいこと、と言いながらも嬉しいくせに。  口をきつく閉じ、瞬きの回数が増える柚子さんを見ながら、そんなことを思う。  泣いちゃうかな、と何となくそう感じた。俺はこれでもかと毎日愛情表現をしているけれど、それを実感する度に柚子さんは泣きそうに見える。  完全にポジティブな気持ちというより、ネガティブさを抱えているからこそ、俺の言葉に安堵して涙が溢れるような、そんな印象を受ける。  こんなクサイ台詞にさえ喜んでくれるのも、柚子さんだからだろう。  不安と安堵を繰り返す暇もないように、俺の胸の内を全て曝け出してやろうか? あまりの重さに引かれてしまうかもしれないけれど。 「でも本当、俺と柚子さんの関係は、運命だったんじゃあないかと思う時だってあるんだよ。こんなに愛おしく思えて、しっくりくる人は他にいないよ。柚子さんもそうでしょ?」 「だからどうして、そんなこと言うんだよ……」 「いや、だからあんたが言わせたんでしょ」  この程度のことで驚いているならそのうち俺の愛情で押し潰されて死ぬかもねと付け足すと、「それで死ねるならありがたいくらいだよ」と少し笑いながら返された。目を細める柚子さんの目から、また涙が溢れる。   「何言ってんだよ」 「橘くんが言わせたんでしょ」 「って、俺の真似するじゃん。もういいよ。柚子さん、そろそろ夕飯の買い物行こうか」 「……ん、」    先に起き上がると、柚子さんの手を握り立ち上がらせた。それから服のシワを伸ばし、乱れた髪も整えてあげていると、柚子さんは目を閉じて大人しく待っている。  そんな彼に当たり前のようにキスをし、驚いて目を開くその反応に思わず笑い、視線を合わせたままキスをした。 「……キスし始めたら止まらないね」 「あんたがいちいち可愛いからね」 「……ちょっとうるさい」  柚子さんが、俺の頬を摘む。自分がその話を振ったのに?   「橘くん、何食べたい?」  無理やりかえられた話題に思わず笑うと、それ以上何も言うなと、そんな顔をされた。 「お腹空いてるし、唐揚げとかどう?」 「いいかも」  ひとりで何キロも食べられそうだと子どもみたいなことを言う柚子さんの手を握り、玄関へと向かう。  温かな体温が心地良く、どうしても離したくなかったから、「人がいない間だけだからね」と囁いて、そのまま柚子さんの手を引いた。

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