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夕side

「走り回ったら、こうやってお兄さんにぶつかったみたいに、誰かにぶつかっちゃうだろ?」 「……うん」  カゴを床に置き、もう片方の手で男の子の頭を撫でた。怒ってるわけじゃあないんだよとその気持ちが伝わるように優しく、何度も。 「お兄さんもびっくりしたけど、僕もびっくりしたよね?」 「……うん」 「もう走り回っちゃダメだよ。いい子ならできるよね?」 「うん……!」  男の子は怒られていないことが分かったからか、ニカッとはにかんだ。柔らかな頬がさらに丸くなり、目もキラキラとしている。  ついお説教みたいなことを言ってしまったけれど、素直な子で良かった。  今度こそレジに行こうと、カゴを持って立ち上がった時に、あることに気づいた。  ……この子の親は?  周りを見渡して見るも、親らしき人は近くにいない。走り回っていたから、はぐれてしまったのだろうか。 「ねぇねぇ、僕は今日はママと来たの? それともパパと来たのかな?」  もう一度同じようにしゃがんでそう尋ねると、男の子の表情が明るくなる。 「あのねぇ、僕ねぇ、ママとパパときたの! おかいもの! みんなできたの!」 「そっか。ママとパパと来たんだね」 「うん!」  別にデパートでもないし、迷子ってほどのことでもないのかもしれないけれど、ここら辺ではわりと大きめのスーパーだし、さすがにこの状況でこの子を置いてはいけない。  それにまた、さっきみたいに走って誰かにぶつかってしまうかもしれない。 「あれ……?」  そんなことを考えていると、その男の子も自分の置かれている状況が分かったらしく、周りをキョロキョロと見始めた。 「パパと、ママ……いない」  そう呟いたその男の子の、瞬きの回数が一気に増える。……まずいぞ。これ、絶対泣くだろ。  子どもは可愛いし好きだけれど、ここで泣かれるのはさすがに困るな。すぐ見つかるだろうし、ちょっと探そうか。  俺たちともはぐれることがないようにと、その子の手を握ろうと手を伸ばした時、俺が手を取る前にその男の子の体が宙に浮いた。 「パパもママも、きっと僕がいなくなって心配していると思うよ。お兄ちゃんたちと一緒に探そうね」  しゃがみこんでいる俺の頭上から、優しい声が聞こえる。ゆっくり顔を上げれば、柚子さんが男の子を抱っこしていた。 「お兄ちゃんたちが一緒に探してあげるからね。心配しなくて良いよ、大丈夫だから……ね?」  指先で、その子の頬をすりすりと撫でる。男の子はくすぐったそうに目を瞑ったあと、笑顔になった。 「橘くん、探しに行こう」  ぽんぽんと男の子の頭を撫でながら、柚子さんが俺を見る。さらりと抱っこして、子どもを安心させられるなんてすごい、と思いながらそれに頷いた。 「うん、探そ」  カゴを手に持ち、立ち上がる。 「まぁ、スーパーだし。すぐに見つかると思うよ」 「この子が走ってきたほうに行ってみる?」 「そうだね」  ママたちいるかなぁ? と、男の子に声かけをしながら、柚子さんは相変わらず男の子の頭を撫でている。  柚子さん、子ども好きなのかな? 扱い方が慣れている人のそれだ。  男の子もさっきは泣くかと思ったけれど、柚子さんに抱っこされてむしろご機嫌に見える。  だけどね、さっきからずっとその子は柚子さんの髪の毛を触ったり、肩に顔を埋めたりしていることだけが、どうしても気に入らない。  子ども相手に嫉妬なんてみっともないし、心が狭いとも思うけれど。  柚子さん、可愛いし優しそうだし、良い匂いするもんね。その歳でそれが分かるんだ? と、子ども相手に煽ろうとする自分に笑いが出そうになる。 「ねぇ、ねぇ。僕のお名前は?」  意識を俺に向けてやろうと卑怯なことを考え、俺は男の子に話しかけた。 「僕のなまえはね、ゆーまっていうの。ゆーま」  へへへっと、目を細めて愛嬌のある顔で笑う。可愛さに胸がぎゅっとなるが、それとこれとは別だ。 「お家は近くなの?」 「うん、あのね、みんなで歩いてきたの」 「じゃあ近くなんだね」 「あのね、でもね、ゆきちゃんは、おるすばんしてるの!」 「ゆきちゃん……? 妹?」  ゆうまくんの言葉に戸惑う。  両親とこの子でスーパーに来て、妹だけ家で留守番しているってこと? ゆうまくんがこのくらいの年齢なら、もっと小さい子ってこと?  

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