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夕side

 驚いてゆうまくんを見つめるも、俺が何を心配しているのか分かるはずもなく、「ゆきちゃんは可愛いの」と、ゆきちゃんを思い出してか柚子さんの腕の中ではしゃいでいる。   「ふふっ。橘くん、変な顔」 「え、」  よほど変な顔をしていたのか、柚子さんが俺を見て笑う。柚子さんはこの話を聞いて何も思わないの……? 違和感があるのは俺だけ? 「あ!」  そういうことか。馬鹿だ、俺。さすがに妹なわけないだろ。 「ねぇねぇ、ゆうまくん。ゆきちゃんは、わんちゃんかな?」  ゆうまくんにそう聞いてみると、何度も頭を上下させて頷いてくれた。 「ゆきちゃんは、まっしろなの!」 「まっしろ?」 「うん! あのね、ふわふわなの!」  毛がふわふわで真っ白な犬か。……犬は詳しくないからあまり分からないけれど。  でもこのやりとりのおかげで、ゆうまくんの意識は完全にゆきちゃんと俺に向いてる。  柚子さんの髪の毛に触れるのをやめて、少しだけ身を乗り出して俺を見始めた。  よし、と大人げないことを考え、そんな自分に今度こそ笑ってしまう。 「ゆうまくんも、ふわふわしてる」 「え? 僕?」 「ゆうまくんの髪の毛も、ふわふわしてるよ?」 「ふわふわ……!」  ゆうまくんが照れたのか俯き、それから少しだけ頭を突き出した。触ってほしいってことか?  俺は、そんなゆうまくんの髪の毛をわしゃわしゃと触った。  ゆうまくんは恥ずかしそうに顔を上げ俺を見ると「ゆきちゃんとゆーま、いっしょー!」と叫んだ。可愛い声がスーパーに響く。 「ゆうま……!」  その声が届いたのか、向かい側にいた髪の長い女性が、俺たちのほうを見て名前を叫んだ。その後ろから男性が走ってくる。 「ママ……! パパ!」  そんなふたりにゆうまくんも反応を示し、柚子さんは慌てて下ろした。ゆうまくんは俺たちを見ることもなく、そのふたりの元へ走って行く。 「もう……、勝手に走ってっちゃダメでしょう……!」 「ふぇ、」 「いなくなったからびっくりしたのよ、」  その女性がゆうまくんを力強く抱きしめているのを、俺たちは少し離れたところから見ていた。 「良かったね、見つかって」 「なんか一気にお腹空いてきたね」 「俺も、お腹空いたな」  それから、任務完了! と、柚子さんが笑う。やっと帰れると、俺も笑い返した時、一瞬だけ表情が曇ったように見えた。いつもより濃い違和感。 「柚子さん……?」 「……ん?」  心配して呼びかけた俺のほうを振り向き、柚子さんが微笑んだ。唐揚げが楽しみだねと、さりげなくカゴを奪われる。  気のせいじゃあなかったと思うけれど、今は触れられる雰囲気でもないし。  せめて最後くらい持たせてほしいと言う柚子さんを気にしながらもカゴを取り返した時「あの、」と男性に声をかけられた。  ゆうまくんのお父さんだ。 「あ、はい」 「あの、ご迷惑をおかけしました」  頭を深く下げられ、俺は俺は慌てて顔を上げるように頼んだ。 「ゆうまくん、とても良い子でしたよ。迷惑なんて、そんなこと! お父さんとお母さんが見つかって良かったです」 「本当にありがとうございました……!」 「いえいえ、」  もう一度、ゆうまくんのお父さんは俺たちに頭を下げ、ふたりの所へと戻って行った。お母さんもそこから俺たちに頭を下げ、ゆうまくんはにこにこと手を振っている。  俺たちもふたりに頭を下げた後、ゆうまくんに手を振り返し、レジで会計を済ませた。

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