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夕side

「橘くんこそ、子どもの扱い方に慣れている気がする」 「俺、慣れてた?」 「うん。すごく慣れているなって思ったよ。子ども、好きなの?」  改めて袋をふたりで持ち直し、ゆっくりと歩き始める。柚子さんは正面を向いたまま、話を続けた。 「子どもはわりと好きだよ。実家の近所がちびっこだらけだったから、よく遊んであげていたし」  まずあのサイズが可愛いよねと、柚子さんに笑いかけると、そうだねと笑い返してくれた。  少し構音が不明瞭な喋り方も可愛いし、小さい子はむちっとしていて、お日様の匂いがする。発声の仕方も年齢特有のものがあるように思うし、その年齢ごとに“らしさ”があってそれが可愛いんだよね。 「小さい子に慣れているってすごいな。俺、全然周りにいないから接し方分からないんだよね……」 「そうは見えなかったけどね」    後半声が小さくなった気がして柚子さんのほうを見ると、不自然に俺とは反対側のほうへと顔を向けた。  一瞬だけ見えた表情は曇っていて、スーパーで感じた違和感がよみがえり、胸がざわつく。無理やり覗き込むと柚子さんの口角は上がっていたけれど、わざとらしいそれが余計に気になってしまう。 「柚子さん?」 「……ん?」 「どうし……」  どうしてそんな顔をするのか、何か気に触ることがあったのか、確認しようと思ったけれどやめた。  さっきの笑顔と同様の強めの違和感に、柚子さんの中で引っかかっていることが何か、はっきりと分かった。  俺の中ではあり得ないことだから、ついこの手の話題を出してしまったけれど、柚子さんは今、俺が絶対にやらないことをした。  ねぇ、柚子さん。今、柚子さんの未来から、勝手に俺のことを消したでしょう?  柚子さんに染み付いてしまっている悪いところだ。自分にとって良いことは続かないとの思い込みが強い。 「柚子さん」 「なに、」 「ばーか」 「……え?」  袋の輪に手を通し自分の手首にかけると、自由になった手のひらで柚子さんの手を掴んだ。  驚きつつも今度は拒否することなく、柚子さんは大人しいままでいる。 「柚子さんは可愛い」 「……え?」 「けど、ほんっとバカだよ」 「……意味分かんないよ」 「だからバカなの」  実際に人の気持ちを読むことも、手にとって見ることもできないから、きっとこうに違いないと自分の主観で判断したくなる気持ちも分かる。俺がゆずさんを一生好きでいることに疑いを抱くことも変なことではない。  自分自身の気持ちですは分からなくなることがあるのだから、まして人の気持ちとなれば尚更そうに決まっている。  けれど、柚子さんにはもっと自分のことを大切にしてほしい。自分のことをもっと好きになってほしい。  俺が、こんなにも柚子さんを好きでいることが、柚子さんの自信に繋がってくれたら良いのに。  ねぇ、柚子さん。  何をすれば、そのモヤモヤを取り除いてあげられるのかな。何も怖がらなくて良いし、不安に思わなくても良いと、どうすれば伝わるのだろうか。  今の幸せが変わらず永遠に続くとは誰も言い切れないけれど、何か壁にぶつかったとしても、俺は柚子さんと乗り越えるつもりでいるよ。  気持ちを取り出して証明できるものはないけれど、これは絶対に変わらないと俺ははっきりと言えるから。 「柚子さん、」 「……ん?」 「……何でもない」  なんだよと眉を垂らして笑う柚子さんの手を、痛いと言われるくらいまで強く握りしめた。

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