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夕side
掴んでいた柚子さんの手を優しく繋ぎ直した。視線を合わせれば、瞳から大粒の涙が溢れ出す。
手を引き自分のほうへ抱き寄せると、反対を向かせ、背中側から抱きしめた。
「顔、見ながらと話しにくいかな。柚子さんの考えていること、まとまっていなくて良いから、教えてほしい」
変わらず手を繋いだままでいると、柚子さんがぎゅっと握り返してくれた。少しだけ震えているのが分かる。
「……橘くんのこと、好きだよ。随分前に、男の人しか恋愛対象にならないって分かったけれど、男の人だったら誰でもいいわけじゃあない」
「うん、」
「橘くんは、つらいことがあった時、いつも傍にいてくれた。……何も聞かないで、でも優しく見守っててくれて。でも、俺のために怒ってくれた時もあって、それも、嬉しかった」
「うん、」
「俺のこと、すごく大切にしてくれて。こんなに素敵な人には、もう出会えないって思った」
繋いだ手に、柚子さんの涙が落ちてくる。呼吸のタイミングも難しくなってきたのか、肩の震えが大きくなった。
けれど、今後のためにも柚子さんの想いを知っておきたかったし、それに対する俺の気持ちも柚子さんに知っていてほしい。
だからもう少し、俺のわがままに付き合って、柚子さんの気持ちを聞かせて。
ごめんねと、柚子さんの首筋にキスをする。
「橘くんが、俺のこと好きだって言ってくれるのは、とても嬉しいよ。幸せだし、このまま時が止まっちゃえば良いのにって、思うこともある」
でもそれじゃあダメだと、柚子さんは詰まらせながらも言葉を続けた。
「今まで色々なことがあったから、よく分かるんだ。この世界に生きてる以上、俺は結局、一人になるんだって思うし、そうなるべきなんだとも思う」
俺の腕の中で柚子さんが小さく丸まった。肩を振るわせながら、声を上げて泣いている。
柚子さんに告白をしてもらった日の、あの映画館での出来事を思い出しても過去に何かあったのか、少しは分かったつもりだ。
前に付き合っていたあの男性にも、自分と同じだと思っていたのに結婚をされてしまったのだから、元々女性しか好きになってこなかった俺との将来を描きにくいことも、そこに自信が持てないこともなんとなくは分かる。
俺は柚子さんの言う、随分前に男性が好きだと自覚した時のことを俺は何も知らない。
ああいったことが長く続いていたことと、それに傷つけられたことは分かっても、それによって柚子さんにどれだけの影響があったのか、本当のところは分からない。
好きな人と結ばれて嬉しいと愛おしい気持ちが爆発しているだけの俺とは、柚子さんの覚悟は思っているよりも大きな差があったのかもしれない。
それでもね、今柚子さんに向き合っているの俺だから。結婚した元彼でもなければ、映画館で会った嫌な同級生でもない。
柚子さんのことを、おかしいと言ってきた相手でもない。存在を否定してきた奴らでもないんだよ。
「……柚子さん、」
「橘くんが、いつか、いなくなるのは怖い……」
「柚子さん、」
「怖いけど、きっとそうなる。それに、そのほうが橘くんだって、幸せになれる……。だから今は、今だけは、橘くんが恋人でいてくれることに感謝して、今を楽しもうって、いつかが来ても後悔しないようにって、そう思う。でも、やっぱり、いつかなんて来ないでほしいって、思う。でも、自信はないんだ、」
「柚子さん……!」
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