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夕side
俺は、丸まって小さくなった柚子さんの身体を、これまでで一番強く抱きしめた。きっと痛がってだろう、柚子さんが身を捩ったけれど、そんなことは気にしていられなかった。
過去にあったことを全て聞いたとして、大丈夫だよと、簡単に言葉をかけることはできない。
柚子さんが自分自身を、そして俺との未来を信じられなかったとしても、俺はふたりの人生がこれからも続いていくことを今後長い時間をかけて証明していくしかないし、柚子さんは柚子さんで、過去の出来事の中に埋もれてばかりいないで、俺と一緒にいたいというその気持ちを温め続けてほしい。
「柚子さん、逃げないで」
「……っ」
俺といる時は、幸せなんでしょ? 俺があんたの幸せになれているって、そういうことでしょ?
だったら、その幸せを離さないくらいに、食らいついてくれよ。そうなっても仕方がない、で終わらせないで。
今まで掴めなかった幸せとは、絶対に違う。
「柚子さん、俺を消さないで」
「……ひ、ぅっ、」
「あんたの未来から、勝手に消さないでよ」
俺のことを信じてもらえるように、俺も努力するから。まだ学生だからとか、子どもだからとか、そういう状況に甘えず、やれることをしていくから。
だから、来るかも分からない“いつか”に怯えるのはやめて。たとえ柚子さんがもう嫌だと言っても、俺は柚子さんを離すつもりなんかないよ。
“いつか”なんてそんなもの、願ったって絶対に来ないから。
「俺の幸せは、柚子さんだよ」
「たちば、な、く……ん、」
「俺の未来には、いつだって柚子さんがいる、」
「……っ、ぁ、」
「だから柚子さんも、消さないで。ただ俺のことが好きで、俺のことをずっと必要としていてよ」
うわああと声を上げ、柚子さんが今までとは比にならないほどに泣き出した。
俺は柚子さんの正面へと回り、改めて抱きしめ直した。震える肩を抱き、呼吸が少しでも整うよう背中をリズム良くさする。
柚子さんは恐る恐る手を伸ばし、それから俺の背中に爪が食い込むほどに抱きついてきた。
「“いつか”なんて考えないで」
「……ひぅ、」
「そんなもの来ない」
柚子さんの頬を伝う涙を舐めとり、唇を塞いだ。上唇を挟み優しく吸い上げる。
「柚子さん……」
「……ふ、」
少しだけ開かれた唇の隙間に舌を滑り込ませ、奥に隠れている柚子さんのそれに絡めた。
舌先で遊んだ後、歯列をなぞり唇を離した。とろりと、唾液が柚子さんの口の端から流れていく。
それを舐めあげ、口内に戻すようにしてまた唇を合わせた。俺の背中に回された柚子さんの手の力が弱くなっていき、やっと力が抜けたことに、少しだけ安堵する。
俺とふたりでいる時くらいは、不安も恐怖も感じてほしくない。
「柚子さんはさ、俺のこと嫌いになる日が来ると思う?」
唇を離してそう聞くと、柚子さんは首を横に振った。
「じゃあ、絶対に“いつか”は来ない。来るとしたら、あんたが俺のことを嫌いになった時だけだから」
いや、嫌いになっても離してあげない。
指先からも気持ちが伝わるようにと柚子さんの頬を包み込み、それからもう一度キスをした。
「好きって気持ちがあれば、それだけで充分だよ。俺は柚子さんを離す気ないし」
そう言うと、柚子さんは泣きながらも笑ってくれた。
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