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夕side2

  「どっちでもいいなら、じゃあ俺と菜穂で行こうよ。元々俺らで騒いでいたんだから」    菜穂の気持ちを汲んだわけでもないけれど、普段は察しの悪い良樹がそう言って菜穂の手首を掴んだ。  ぎゃっ! と変な声を出し、菜穂が手を振り払う。自分からのボディータッチは多いくせに、されることに慣れていなさすぎだろ。ショートヘアだから赤くなった耳も頬も隠せず、動揺している姿に笑えてくる。  これに気づいていない良樹もすごい。 「じゃあ菜穂と良樹よろしく。ありがとう」  俺は壱の隣に移動し、映画を一緒に見ることにした。それまで俺らのやりとりを気にせず映画に集中していたふたりも、菜穂と良樹にお礼を伝える。 「なんで私と良樹なの」 「良いじゃん。一緒に行くのが一番平和でしょ」 「そうだけどさぁ」 「じゃあ問題ないじゃん。菜穂の好きなあの炭酸も買いなよ」  菜穂は良樹にぶつぶつ文句を言いながら前髪をピンで留め、出かける準備をしていた。前髪が伸びて邪魔だから留めているだけだと変な言い訳をしていたけれど、それもそういうことだと察してしまう。  鈍感な良樹が「変なデザインのピンだな」と空気の読めないことを言い、会話を聞いていた俺がひとりでヒヤリとした。  菜穂は文句を言い続けたまま靴を履き、鞄や財布を良樹に持たせると、俺たちに「行ってきます」と手を振った。  玄関にいるふたりを見ながら、ありがとうと見送る。  このまましばらくダラダラと過ごすだろうから、飲み物を買いに行ってもらえるのはありがたい。ついでにお菓子もほしいと菜穂に連絡を入れると、すぐに「当たり前」との返信があった。 「これ見て、さすがすぎる」 「菜穂だからね」  壱と千夏にやりとりの画面を見せると、ふたりとも同じように目を細めて笑う。このふたりといると穏やかに過ごせるな。  静かになった部屋で、壱がふと「やっと集中して見られるね」と笑った。 「菜穂と夕の組み合わせと、菜穂と良樹の組み合わせって、うるさくなるよね」 「え? 俺も?」  壱の横で千夏が何度も頷く。眉を上げて「はぁ?」と言いながら視線を合わせると、DVDケースで千夏が自分の目元を隠した。 「そのメンバーは基本的にうるさいよね。見ていて面白いから良いけど」 「壱、それ褒め言葉じゃあないだろ?」 「ううん。褒めてるよ。騒がしいくらいが俺は楽しいし」 「そう?」 「うん。でも、今日の夕は静かだね。きーちゃん先輩いないから、寂しいの?」 「え?」  壱は普段、あまり喋らない分、喋る時はストレートに質問してきたり、自分の考えや気持ちを素直に伝えてくることが多い。しかも的確な内容が多いから、少し戸惑ってしまうこともあるくらいだ。  柚子さんがいなくて寂しいかと聞かれたら、迷わずかなり寂しいと答えるけれど、壱はどういうつもりでこの質問をしたのだろうか。真剣なのか、冗談なのか分かりにくいから、こちらの返答の仕方にも迷いが出てしまう。 「俺、きーちゃん先輩、好きだよ。高岡先輩も好き。あの人たち、いい人だから」  困っている俺に気づいたのか、壱はそれ以上の質問をやめ、柚子さんたちに対する肯定的な言葉を続ける。  それに合わせて千夏も頷き、「きーちゃん先輩可愛くて好き」と言ってくれた。  寂しいかどうかを尋ねた後に、柚子さんのことを好きだよと言ってくれることに、どういう意味があるのだろう。 「これからも、ずっと仲良くしたいよね」 「うん、私も。ずっと仲良くしたいな」  勝手だけれど、ふたりの眼差しや表情から、“大丈夫だよ”と言われている気がした。  もしかして、俺と柚子さんの関係を分かっているのかな。菜穂もそれっぽいこと言っていたし。  ……でも、俺の口からはまだ言えないんだ。  やっと俺との関係を前向きに捉えてくれるようになってた段階だから、これから過去のことを少しずつ整理しながら、みんなに恋人関係にあることを伝えるタイミングを見ていきたい。  少しずつ閉じかけている傷口を、俺のせいで無理やり広げてしまうことはしたくないから。 「きーちゃんも、高岡さんも、良い人だよね。俺も大好き」  正直に伝えられなくてごめんねと、そんな思いを抱えながら俺はそうとだけ返事をした。

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