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夕side2

 夕飯は、良樹が野菜たっぷりの焼きそばを作ってくれて、それをみんなで食べた。夕飯をどうするかは決めていなかったけれど、飲み物のついでに簡単にできるからと、野菜と麺を買ってきてくれていたみたいだ。  切られた野菜はサイズがバラバラで、火の通りが悪いものもあったけれど、その不器用さが良い。  夕飯を終えた後は、スパイ映画をもう一本だけ見て、暗くなってから帰ることにした。  さすがにこの人数で泊まることはできないからね。 「じゃあ、海は人があんまりいなさそうな平日が良いから、明々後日の月曜日ね」 「集合時間とかは、また連絡しよ」 「えっと、夕は、きーちゃん先輩と高岡先輩に連絡しといて。一緒に行こうって」 「分かった、連絡しとく」 「ん! よし、解散!」 「はーい! おやすみ!」  帰るといっても、みんな大学付近の学生向けマンションに住んでいるからあっという間に帰宅できるんだけどね。  千夏と菜穂は同じマンションで、良樹の家から学校側に歩いて五分くらいのところだし、壱はその隣のマンション、俺の家は良樹の家の裏の道路を挟んで五分くらいのところにある。  それもあったからこそ、同じ学科の他のメンバーより仲良なったんだと思う。  最近はそこに、当たり前のように柚子さんも高岡さんも加わっているから嬉しい。  俺が柚子さんと一緒にいられる時間が増えるのももちろんだけれど、柚子さんの味方になってくれる人が増えるかなぁと。  綺麗事かもしれない。それでも、この人たちといると楽しい、落ち着く、みたいな、そういう感覚を持ちながら過ごせることは、俺の中では大切にしたいことだから。    柚子さんに気持ちを伝えたあの日は、家に行く前に高岡さんにコンビニでばったり会って、柚子さんのお見舞いに行く彼に一緒に連れて行ってもらったけれど、その時に「あいつと喧嘩したのか?」と驚かれたんだよな。  実際は喧嘩ではなくて、津森さんとかいう人とのやり取りを見られてしまった柚子さんが、男が好きだと俺にバレたことでパニックになったのか一方的にさよならを告げられた感じだったけれど、それを勝手に高岡さんには言えないから、「まぁそんなところです」と誤魔化したことを覚えている。  そうしたら、「真宮のこと怒らせたの? お前すげぇな」と、高岡さんは興奮した様子で笑っていた。 「嫌なことがあっても口に出さずに、じっと我慢しちゃうあの真宮を怒らせるなんて。よほど橘には気を許しているんだな。なんか羨ましいよ」と、少し寂しげな印象もあったかもしれない。  柚子さんは、あまり自分の気持ちを言わないと、高岡さんもそう言っていた。俺も一緒にいてそう思うことはあったけれど、高岡さんは俺よりも長い時間を柚子さんと共有しているのに。  出会って二年と数ヶ月なはず。これってそれなりに長い期間だと思うんだよね。  俺が柚子さんを見かける時は、たいてい高岡さんも一緒にいるし、二人は相当気が合うように見えていたから、高岡さんの言葉を聞いて意外だと思ったし、それと同時に寂しいし残念だとも感じた。  柚子さんには、ありのままの自分を表現できたり、気持ちをぶつけられる人がいないのかなあと。  そもそも全てを曝け出せる人は少ないだろうけれど、それでもこの人なら素の自分を見せても良いかもしれないと思えるような人がひとりでもいたら良いし、欲を言えばもっと多くても良い。    まあだからと言って、菜穂や良樹たちとの関係ができつつある中で、柚子さんが気持ちを素直に出せているかと言われれば、自信を持ってそうだとは答えられないけれど、それでも最近は楽しそうに笑顔を見せてくれるようになったと思う。  あいつらも柚子さんに甘えるし、好いてくれていると伝わる。そういう気持ちが見えるし、感じられるから、柚子さんだって嬉しそうにしているんじゃあないかな。  怒りや悲しみはともかく、嬉しさや楽しさを表現できる相手が増えるのも良いことだし、何かあった時に味方になってくれる存在へと近づいていくだろうから。  だからこうして、大きな予定を立てる時に、柚子さんと高岡さんのことを当たり前に誘ってくれることが嬉しいし、ふたりも当たり前のように俺たちと一緒に行動してくれることも嬉しい。  壱も千夏も、柚子さんのことを好きだと、これからも仲良くしたいと、そう言ってくれた。良い関係が長く続いていく予感がするし、予感で終わらせたくはない。  色んな人からたくさんの愛情をもらって、柚子さんが少しずつ自分自身のことを好きになってくれたら良いな。俺の重い愛を渡すだけでは、全てが埋まるわけではないから。

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