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夕side2

「柚子さん、笑うの終わり。もう笑わないで」  さすがに怒るよ? と、おでこをくっつけて目を合わせる。照れて大人しくなるかと思ってそうしたのに、柚子さんは大人しくなるどころか俺の頬を両手で包み込んだ。  柚子さんの手がひんやり冷たく感じられ、自分の頬も熱を帯びているのが分かる。 「バカにしているんじゃあなくてね、俺、嬉しいの」 「え?」 「前のゆうまくんの時もだったけれど、橘くんに嫉妬してもらえるのが嬉しいんだ」  そう言って、今度は柚子さんが俺の肩に顔を埋めた。なんだか急に恥ずかしくなってきたと、そんなことを言いながら。  さっきまで少し余裕そうにしていたくせに? キスしたり、頬に触れたりさ。   笑ったり照れたり、柚子さんは忙しい人だ。   「ああもう……、俺だってさぁ……」    柚子さんにつられてか、何となく俺まで恥ずかしくなってきた。 「高岡は、橘くんにとっての菜穂ちゃんたちみたいな存在だよ。高岡とは大学で出会って、それからの関係だけれど、とても大切な友人なんだ」 「……うん。それは見ていれば分かるし、知っているんだけど、それでも気になっちゃってさ」  俺は柚子さんの頭に手を回し、柚子さんがさっき俺にしてくれていたように優しく撫でた。  うーん、何て言えば良いのか分からない。  昨日悩んでいたことを聞いてみようかと、一瞬そんな考えが頭を過ぎったけれど、直球で聞く以外の言葉が浮かばない。  でも柚子さんに、菜穂のことを好きになったことがあるかと聞かれたら、それはそれで困るもんな。  友人以上として見たことはないけれど、ないよと答えてもあるよと答えても、どちらにしても気まずくなりそうだ。  だからこんなふうに聞くと、柚子さんも困ってしまうはず。 「……高岡のことね、好きだったことあるよ」 「え……?」  どんなふうに質問するのが良いかと悩んでいる俺をよそに、俺が聞きたかったことを柚子さんがストレートに話してくれた。  まるで心の声が聞こえたかのようだ。そんなに顔に出てしまっていたのだろうか。 「こっちに来て初めて仲良くなったのが高岡だったし、優しくて良い奴だからね」  聞きたかったのはこれでしょ? と、柚子さんが俺を見つめながら呟いた。  小さく頷きながらも、心の内では動揺してしまう。そんな俺の胸に柚子さんが手を当て、「鼓動がすごいね」と微笑んだ。 「高岡のことね、良いなぁと思っていたけれど、彼女ができちゃってさ。……元々大学では誰とも付き合う気はなかったし、そもそも自分の気持ちを伝えることは絶対にしないと決めていたんだよね。……怖かったし。でも、彼女ができた高岡を見て、さらに現実を突きつけられて、複雑な気持ちにもなった。それで、ネットでの出会いに踏み出してみたんだ」  柚子さんが、ゆっくりと丁寧に説明をしてくれるから、俺はそれに静かに耳を傾けた。  ふーっと息を吐き、柚子さんが天井を見上げる。これから伝える話を整理しているようだ。 「そこで出会ったのが、津森さん。……橘くんの前で泣いていた原因の人。あの日、うちの前にいた人」 「……うん」 「高岡のことも好きだったし、津森さんのことも好きだった。でもね、比べものにならないくらい、橘くんのことが大好きだよ。毎日毎日好きが更新されていくの。それに橘くんが俺のことを大切にしてくれるから、自分のことも少しずつ好きになれているように思うんだ」  柚子さんはそう言って、俺の背中へと手を回した。距離が縮まり、柚子さんの鼓動も聞こえてくる。 「柚子さん」  俺も柚子さんの背中に手を回し、応えるように力強く抱きしめ返した。トントンと、優しく背中に触れる。 「高岡には、今は恋愛感情は一切ないよ。まだ怖くて言えないこともあるけれど、一番の親友」 「うん、」 「その時の彼女さんとは別れたって聞いたけれど、別れたのは俺が橘くんと付き合う前だからね」 「うん、」  彼女と別れた高岡にまた、みたいなことは絶対にないからね、と柚子さんが笑った。

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