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夕side2

◇ 「夕、お帰り」  インターホンを鳴らすと、笑顔の母さんが俺を出迎えてくれた。  定期的に帰省しているとはいえ、数ヶ月振りとなるとこの玄関の匂いすら懐かしくなる。馴染みのある母さんの靴の横に、自分のを脱いで並べた。  リビングへと向かいながら母さんの背中を見ていると、心なしか横に大きくなった気がする。 「母さん、夏バテしないわけ?」 「え?」 「アイス食べ過ぎなんじゃ?」 「ん?」  俺の言葉の意味を理解できていない母さんが首を傾げた。でも太ったとストレートに伝えると怒られそうだから、分からないなら分からないままで良いや。  何でもないと誤魔化し、俺は部屋の中へと入った。 「あれ? テレビ買い替えた? 大きくなってない?」 「テレビはそのままよ?」  自分の部屋に置いてある小さなテレビと、それよりもさらに小さめの柚子さんのテレビに見慣れているせいか、実家のテレビがやたら大きく感じられる。  これまではそこまで気にならなかったのに、こんな些細なことでも柚子さんと過ごしてきた時間の長さを知ることができるなんて。  感心しながらいつも座っているソファに腰掛け、手足を広げ大きく伸びをした。  なんだかんだ実家は落ち着くなあ。一人暮らしはそれはそれで楽しいし自由もあって良いけれど、実家には実家の良さがある。  俺は柚子さんに着いたよと連絡を入れ、龍が来るまでリビングでのんびりと過ごすことにした。 「うわっ!」  突然頬に冷たさを感じ、大声で叫んだ。何が起きたか整理する間もなく、げらげら笑っている龍が目の前でアイスをちらつかせていた。  それを頬に押し付けられたのだと理解したと同時に、待っている間に寝落ちてしまったことを知る。 「いきなり何するんだよ。もっとマシな起こし方あるだろ」 「だって、すっげぇダラダラ寝てっからさ」  ボサボサになった髪を手櫛で整えながら龍を睨みつけると、アイスを差し出された。いらないと断れるわけもなく、俺の好きなそのアイスを受け取る。俺の好みを覚えてくれていたんだ。 「怒ってないで、これでも食べな」 「うん」  久しぶりに会ったとは思えない空気感に包まれながら、龍とふたりでソファに座った。  同じアイスを開けながら、見慣れた笑顔で龍が笑う。この感じ、何も変わらないな。  少し変わったところがあるとするなら、暗めの茶髪だった髪が真っ黒に染められ、そして短くなったことだけ。若いのに重役に就いているから、少しでも貫禄を出したかったのかもしれないけれど、わりと童顔なのもあって黒髪のほうが幼く見える気がする。  もう三十を過ぎているはずなのに、俺と並んでもほとんど年齢差がないように見えるし。別に俺が老け顔ってわけではないのに。 「にしても夕は、変わらねぇなぁ」 「は? 変わらない龍に言われたくないね。相変わらず童顔のくせに」 「お前、ひどいこと言うのな。俺は良い意味で変わらないって言ってやってんのに」 「いや、俺だって良い意味で言ってんだよ、……った!」  それのどこが良い意味なんだと、拗ねた龍に頭を叩かれる。思ったより強く叩かれたそこをさすっていると、飲み物を持ってきてくれた母さんにも、ついでにと言って叩かれてしまった。 「母さんまでひどくない?」 「だって、夕、お母さんに向かってデブって言ったでしょ」 「え?」  ……いや、ね、確かにさ、帰って来てすぐに、それとなく横に大きくなったことを指摘したけれど、デブとも太ったねとも言っていないうえに、あれからかなり時間が経っている。  俺が起きたら怒ろうと思っていたにしても、時間差がありすぎるだろ。 「母さんは、やっぱりどこかズレてるよなぁ」 「う~ん、それは俺も分かるわ。おばさんどこかズレてるよねぇ」 「ふたりとも、それちょっと傷つくんだけど」  そう言うと母さんは、いじけた様子で俺の隣に座った。三人掛けのソファだから、人数的にはちょうど良いはずだけれも、俺も龍も体格が良いから少し窮屈になる。  それを気にする様子もなく、母さんはお茶の入ったコップをひとつ手に取ると一気に飲み干した。  ふたつしかなかったから、俺と龍のために持ってきてくれたのだと思っていたのに。母さんもここに座って飲むのなら、三つ必要だろ。

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