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夕side2
「ご飯は、うちで食べて行くか?」
「あ、いや、ご飯は家で」
「そりゃそうか。実家にも顔出ししないとな。夕、お前は?」
「え? 俺? 俺はご飯は食べて帰るよ」
俺は新しいコップにお茶を入れ龍に渡すと、父さんの向かい側の席に座った。そして俺の横に龍が座る。
「せっかく帰って来たんだからこのまま家にいれば良いのに。帰るだなんて、コイツ絶対女いますよ」
「お、夕は彼女ができたのか?」
またその話に戻るのかよと呆れて龍を睨むも、その言葉に父さんが嬉しそうに身を乗り出した。
……ああどうしようかな。確かにこの話を伝えるつもりで実家に戻って来たけれど、俺はもっとこう……落ち着いた雰囲気の中で言いたかった。
柚子さんのことを恥じてはいないし、付き合っていることを隠すつもりもない。これからもずっと一緒にいるには、親には言うべきだとそう考えている。
ただ、実際問題として、付き合っています、はいそうですか、とそんな単純な問題ではないことは分かっている。
当たり前に同性であることが壁になると思う。だからこそ、柚子さんだって色んなことを我慢して苦しんできたわけだし。
それに、父さんたちからしてみれば、俺が考えるよりもきっと重い問題として捉えるだろう。
この世界で、マイノリティに回る子どもを心配するのが親だろうから。父さんも母さんも差別をするような人じゃあないけれど、こういうことに関しては結果がどうなるかわからない。
俺は認めて欲しいと願っているけれど、反対される可能性だってあるだろう。その覚悟は、一応はできている。
でもそうなったところで、柚子さんを手放すつもりはこれっぽっちもないのだけれど。
「明日は、大学の友だちと海行くんだよ。菜穂とか、同じクラスの奴らと。あとは仲良くなった先輩たち。俺を含めて六人かな」
「もしかして、彼女は菜穂ちゃんか? あの子はなかなかに良い子だと思うぞ」
「菜穂はそんなんじゃあないよ」
さすがに中学時代の塾、高校も大学も同じになると、父さんだって菜穂のこと覚えるか。
「俺が付き合っているのは、菜穂じゃあなくて先輩だし。……男だし、」
「……え?」
想像していた通り、俺の言葉に空気が一瞬で凍った。
和やかな雰囲気はどこかに消え、緊張感が走る。誰も口を開かなくなり、様子を窺っているようだ。
そうだよね、こんなこと言われる構えなんてなかっただろうし。
「……っ、」
俺が反対される覚悟を持ってでも、なぜ今柚子さんとの付き合いを打ち明けたのか。
安心させたいとそう思って行動に移したけど、親に反対されて散々に言われたら、結果的に柚子さんを悲しませることもあるかもしれない。
それでも、もし認められなかったとしても、俺にはその覚悟があることを示したかった。
これからも柚子さんといる気持ちがあることを、どうしても分かってほしかった。
こういうことを考えるのは、あまりにも自分勝手……?
男性同士で付き合うことと、男女で付き合うことは、少しずつ受け入れられつつあるものの、全然違うと思うんだ。
俺と柚子さんが今後どうしていきたいか、どんな関係を作っていくのか、そういうふたりに関して悩むこととは別に、親から、友人から、そして世間からどう思われるか、見られるか、それも気にしなくてはいけない。
これから俺たちがどうなっていくにしろ、俺たち以外の問題を片付けて、ふたりに集中できるようにしたかったんだ。
柚子さんは少しずつ曇りのない笑顔を見せてくれるようになったし、俺といる時に幸せを感じ、自分のことも大切に思えるようになりつつあるからといって、一度与えられた深い傷はつけられた者には永遠に残ってしまうのだろう。
深い傷跡は開いたままで、今後もきっと完全には閉じられないと思う。ふとした瞬間に、忘れていた痛みに気づいて苦しむこともあるはずだ。
だから俺は、そうして痛みを思い出した時に、その痛みを少しでも消し去ることのできる存在になりたい。俺たちの関係においては、何も悩まずに、お互いに向き合えるようにしたい。
二十歳にもなっていないただのガキに何をしてやれるのと思われるかかもしれないけれど、柚子さんを想うこの気持ちだけは俺だけのものだし、今の俺が唯一彼に与えることのできる、痛み止めだと思うから。
今できることからやっていきたい。これから先、関係が長く続いていく中でのいつか、じゃあなくて、今この瞬間から、ずっと。
柚子さんと過ごす時間の最初から最後まで、できることをしていきたい。それで柚子さんが笑ってくれるのなら、俺の心だって満たされる。
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