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夕side2
「夕は、男の人が好き……だったの?」
重い沈黙を破り、台所から母さんの震える小さな声がした。俺はゆっくりと母さんのほうを向き、視線を合わせた。
「ううん。今まで付き合っていた人はみんな女の人だったよ」
じっと見つめながらそう返事をすると、母さんはまた黙って俯いてしまった。
じゃあどうして男の人を好きになったの? と、そう聞かれているような気がする。
……どうして、だろうね。俺には柚子さんだったから、としか答えることができないや。
「大学の先輩でね、柚子さんって言うんだけど」
俺はコップを握り、一口だけお茶を飲んだ。それでもすぐに喉が乾くし、唇もカサカサだ。
自分で思っていたよりも、随分と緊張しているみたい。
「柚子さんは男だけど、きっと女であっても俺は柚子さんを好きになっていたと思うよ。中身を知れば知るほど好きになるし、これからもずっとそばにいたいと思う。こんなに誰かに対して強い感情を抱いたのは初めてだ。……すごく、すごく大切なんだよ」
俺の言葉を遮ることなく最後まで聞いていた父さんが、大きく息を吸い、それから吐いた。
「相手の人も、お前と同じなのか? 同性を好きになったのは、その人もお前が初めてなのか?」
「……ううん。柚子さんは、同性しか好きになれない」
だけど、どうだろう。柚子さんも、中身が俺だったら女でも好きだと言ってくれるんじゃあないかな。
いや、俺が女だったらそもそも恋愛対象として見られることはなかったかな。
今こうして俺と付き合い始めて、俺のことを少しずつ知ってくれている中で、例えば俺に何かが起こって女になったとしても好きでいてくれる? と尋ねたら、当たり前だと頷いてくれるかもしれないね。
まぁ、父さんの聞きたいことはそこじゃあないのだろうけれど。
俺は深呼吸し、それから手を握りしめた。爪がてのひらに食い込んで痛い。
「父さんは、どうしてそんなことを聞いたの? 俺が柚子さんに絆されたって、そう言うつもり? 柚子さんのせいで、俺まで男の人を好きになったって、父さんはそれが聞きたいの?」
この言葉を口にすることさえ、吐き気がしそうだ。こんなことを俺の口から言いたくなかった。
でも、そういうことなんだろ? 父さんが聞きたかったのは、これでしょ?
「夕……」
「先に好きになったのは、俺だよ。俺から告白した。どうしても手に入れたくて、好きになってもらえるまで頑張ったのは、俺。……俺、なんだよ、」
俺が一目惚れしたし、俺から告白もした。柚子さんに言い寄ったのは俺だ。
何も、間違っていない。俺も、そして柚子さんも、何も悪いことはしていない。
「夕……、父さんは、」
「俺、何があっても謝らないから。絶対に、謝らないし、この関係は続けるから」
「夕、話を聞きなさい、」
「父さんたちからしてみれば反対したくなるのかもしれないし、その気持ちも分からなくはないけれど、俺は絶対に謝らない」
何の話をされるのか、言われなくても分かっているよ。そうなのか、とさらりと流されることなく、こんなにも重苦しい雰囲気になってしまったのだから、今さら納得してもらえないことは容易に想像できる。
だから、何も言わせない。口を出させたくない。
「俺、柚子さんを好きになって後悔したことなんて一度もない。それに、謝ったら柚子さんにだって失礼だろ。俺たちの関係は、誰かに謝らなきゃいけないようなものじゃあないんだ! 許可を得なければいけないものでもない。俺は許しも請わないし、好きにさせてもらうから!」
「夕……!」
「……った、」
口を挟ませたら終わりだと、言いたいことを一方的に伝えている俺に腹が立ったのか、父さんに頬を叩かれた。
パンッと高めの音がが部屋に響き、じわりと頬に痛みが広がる。父さんに手を上げられたのは、これが初めてだった。
「ひとまず落ち着きなさい。勝手に想像して、話を進めるな」
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