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夕side2
台所にいた母さんが、父さんの行動に驚いたのか、慌ててこっちにやってきた。それから余っていた椅子を俺の隣に並べるとそこに座り、赤くなった俺の頬に触れようとしてか手を伸ばした。
けれど触れられることはなくて、母さんは伸ばしかけてやめると、テーブルの上で手を丸める。その手が小刻みに震えていた。
少し目線を左にずらすと、心配そうに俺を見ている龍と目が合う。これは家族の問題だから、龍にはまだ言わないほうが良かったかもしれない。
聞いてほしいと思ったのは俺の都合だ。タイミングも良くなかったし、久しぶりに会えたのに、こんな空気にしてしまって申し訳ない。
ごめん、と心の中で謝ると、それが視線から伝わったのか、大丈夫だよ、とでもいうように頷かれた。
「父さんが言いたいのは、お前が考えてるようなことじゃないんだ。頼むから落ち着いて聞いてくれ」
しばらくの沈黙の後、父さんが再び口を開いた。
俺が考えているようなことじゃあないって? じゃあ、どういうこと? どうしてあんなこと聞いたの?
意味もなくコップを握り、その手に力が入る。何度も唾を飲み込んだ。
けれど父さんは、そんな俺をいつもの優しい眼差しで見つめている。
「その柚子さんって人は、同性しか好きにはなれないんだよな? だったらお前を好きになったってことも、彼の中で、男性を好きになるということに関しては特別なことではないだろう?」
「……うん」
「じゃあお前は? お前にとってそれは、今までからしてみれば、イレギュラーなことには違いない」
「……うん、」
それはお前にとってだけではない、と父さんは言葉を続けた。この社会からしてみても、それは同じことだと。
良いことだとか悪いことだとか、そう言う問題ではなく、多いか少ないかで考えた時に、好奇の目を向けられることになるだろうと。
「父さんは、お前がその人を好きになってこれからもずっと一緒にいたいと思うことを、悪いことだとは思わない。お前がその人を大切にしたいと思うのなら、大切にしてやればいい」
「……っ、」
「だけどね、人間だから、価値観の違いだってきっとあるだろうし、今は好きの気持ちだけだとしても、これから一緒にいるうちに、分からなくなってくることもあるだろう。そうやって、いつか……、例えばの話だけれど、別れる日が来るかもしれない」
「……うん、」
「それならいいんだよ。そうして、お互い合わないから別れようって、お互いで決めたことなら何の問題もない。けれどもしお前が、同性の恋愛に対しての壁、……社会からの差別だとか、そういうものに押しつぶされて苦しさを感じ、やっぱり付き合えないと、彼との別れを考えた時には、父さんはそれを許しはしないと思う」
叩いて悪かったと、父さんが小声で謝った。隣に座った母さんが、俺の手にそっと自分のを重ねる。
「そう、ね……。最初は驚いたけれど、夕がそうしたいと言うのなら、お母さんも反対はしない。でもお父さんの言うように、夕の勝手な想いでその柚子さんって子を傷つけるようなことがあったら、その時はお母さんも夕のことを許さないと思う」
「……ん、」
「謝らなきゃいけない関係じゃあないと、夕はそう言ったね? お母さんも、そう思う。謝らなきゃいけない存在なんて、そんな人はひとりとしていない。だからね、夕。あなたが彼を、最後まで今の気持ちで守ると言うのなら応援する。それにね、母さんも父さんも、……龍くんだって、もし何かあなたたちが苦しむようなことがあった時には、そばで守りたいと思っているよ」
夕たちにはズレていると言われるけれど、お母さんだってやる時はやる女なのよ、とそう言って笑った母さんに、つられて少しだけ笑みがこぼれた。
「……確かにびっくりはしたけど、俺だって、応援するからさ、」
母さんの手の上に、龍も手を重ねた。温もりが、大きくなる。
「……ん、」
ありがとう、が言えなかった。涙が溢れてきて、口を開くと、出てくるのは嗚咽ばかり。人前とか関係なしに、こんなに泣いたのは久しぶりだ。
ありがとう、ありがとうと、何度も心の中で呟いて、もう片方の手も重ねた。
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