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夕side2

「出会って二年かな? 長いようで短いよな。だから真宮は、俺に話すのをためらったんだろ? 男と付き合ってるだなんてバレたら大変なことになるって。理解してもらうには時間がかかる、だからもう少し長く付き合ってからじゃあないとダメだ、とでも思ったの?」  柚子さんの顔が、くしゃくしゃに歪んでいく。高岡さんは、そんな柚子さんに優しく笑いかけた。握る手にも力が込められる。 「真宮のこと、好きだよ。大切な友人だ。そんなことでって言ったら、お前にはきっと否定されるんだろうけど。俺にとっては、そんなことだよ。そんなことで、お前を軽蔑したりしない。友だち、やめたりなんかしないよ」  言葉にできない感情が、じわりと胸に広がった。高岡さんの優しさと、それから安堵感で俺も思わず泣いてしまった。  柚子さんは、声をあげて泣いている。  柚子さんは、高岡さんが大切だからこそ、ずっと言えなかったんだ。信じていないわけじゃあないけれど、これに関しては誰よりも臆病だから。  もしもこうなってしまったら、ああなってしまったらと、たられば話は止まらないから。  もしも嫌われたら? でも高岡はそういう奴じゃあない。  それでも、もし引かれてしまったら? 関係を切られたら?  信じていたことが消えてなくなってしまう。そういう奴じゃあないと思っていたそれが、嘘になってしまう。   そうならないと信じたい。大切な友人だから。それでもね、やっぱり恐怖心のほうがどうしても大きい。  柚子さんは色んなことを経験してきたからこそ、こうして臆病にもなるし、不安に襲われる。自分は幸せにはなれないのだと、殻の中に閉じこもってしまう。  幸せを願っていても、自分はみんなとは違うからと、一歩どころじゃあなく、ずっとずっと後ろを歩いている。みんなから離れているその場所が、自分の居場所だからと、そう勝手に決めつけて。  ひとりで寂しくそこにいるんだ。  でももう、それは違うよ。柚子さんの居場所は、そんなに遠く離れたところにはないんだ。周りには、俺はもちろん、高岡さんや菜穂たち、みんながいる。  おかしい、普通ではないからと、そうして柚子さんに間違った考えを植えつけた、それこそおかしくて普通でない奴らは、ここにはもういないんだ。みんな柚子さんが大好きで大切だから。  柚子さんは、俺と一緒に過ごす中で、自分が良い意味で変わったと言ってくれた。俺といると幸せだし、自分自身のことも好きだと思えるようになってきたと、そう言ってくれたよね。  でもそれは俺が柚子さんに何かしたからとか、そういうことでもなくて、柚子さんが素敵な人だったからだと思う。  柚子さんの魅力に影響されて、行動した結果が今に繋がっているんだから。  それはきっと、高岡さんだって同じだよ。柚子さんだから、こうして真剣に想ってくれるし、大切にしてくれる。  いつも一緒にいるのも、今みたいに気持ちをぶつけてくれるのも、高岡さんが良い人だからってだけじゃあない。全部、柚子さんだからだよ。  菜穂や良樹、千夏や壱が懐くのも、柚子さんだからだ。柚子さんの人柄が、そうさせるんだ。 「俺はね、真宮の過去は知らないよ。お前とは、楽しい思い出しかない。だからさ、もうそれでいいじゃん。色々考え込まないで。真宮のこと、みんな大好きなんだから」  そう言って高岡さんは、最後にぽんぽんと軽く、柚子さんの頭を叩いた。 「ご飯食べよっか。菜穂ちゃん、色々とごめんな。橘の嫉妬が目に見えて分かるもんだから、ついね」  男の嫉妬心は怖いと笑った高岡さんに、つられて俺も笑ってしまった。高岡さんの言葉に菜穂もさっきまで泣いてたけれど、今は口を開けて笑っている。良樹も壱も、千夏も。  柚子さんは、まだ泣いたまま。

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