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夕side2
「きーちゃん先輩。先輩のこと、みんな大好きですからね。それに、きーちゃん先輩はすごく素敵な先輩だから、夕が先輩のこと好きになっちゃうのも分かります。夕も、何だかんだですごく良い奴だから、先輩が夕のこと好きになるのも分かります。全然、おかしいことじゃないです。何も知らないくせに、ってそう思われるかもしれないけど。私は、きーちゃん先輩も夕も大好きで大切です」
最後に「夕、ごめんね」と言って、菜穂は柚子さんの首に腕を回しをぎゅっと抱きしめた。優しくとんとんと背中を叩いた。
柚子さんの涙が、菜穂の上着に染みを作っていく。
「きーちゃん先輩は、優しくて素敵な先輩です。良樹も千夏も壱も、みんなそう思っています。みんな、先輩のこと大好きなんですよ」
菜穂の言葉に突然良樹が立ち上がり、そのままぐるりと後ろを回ると、菜穂とは反対側から柚子さんを抱きしめた。
「俺も、きーちゃん先輩可愛くて好きっす」
すると今度は壱と千夏も立ち上がり、良樹と菜穂、それから柚子さんに飛びついた。
「好き……!」
「私も、きーちゃん先輩好き!」
ふたりが勢いよく飛びついたせいで、バランスを崩し、砂の上にみんなが倒れた。髪の毛が砂まみれになり、ギャー! と叫びながら笑いだす。
柚子さんもようやく笑顔になった。
「真宮ばっかりじゃなくて、高岡先輩も好きって言えよな」
ふはっと笑った高岡さんが、倒れているみんなの上に乗るようにして倒れ込んだ。一番下になってしまった壱が、「うえっ」と声を漏らす。
「ちょっと高岡先輩! 手が胸に当たってます!」
「は? 菜穂ちゃん胸ないでしょ?」
「高岡先輩、足が俺のアソコに……っ」
「……お? これお前のか? ちっせぇな」
「胸ないって……、触ったこともないくせに!」
「小さくないですよ、俺けっこう大きくて有名」
「んだよ、触らなくても見れば分かるだろ。つか良樹、有名ってどこでだよ」
高岡さんの言葉に、菜穂と良樹が騒ぐ。笑っている高岡さんの顔は、柚子さんに見せた優しい笑顔とは大違いで、ニヤリと意地悪く笑って菜穂と良樹で遊んでいる。
「夕も、おいでよ、」
下敷きになり呻き声をあげていた壱が俺を呼んだ。ずっと苦しそうなのに、俺を呼ぶ余裕なんてあるのか?
「潰れるよ」
「潰れないから、おいで」
「……知らないからな」
みんなに近づき、それからゆっくりと上に覆い被さった。壱と千夏、そして柚子さん、この三人に負担がかからないようにと、ほとんど良樹に体重をかける。案の定、良樹が重いと騒ぎ出した。
「夕、お前まで乗るなよ」
「ひとりぼっちは寂しいからね」
「高岡先輩の上に乗ればいいだろ」
「お前のほうが体格良いじゃん。てか、本当に小さい」
「……っおい、てめ、揉むなばかっ」
調子に乗って良樹に触っていると、肘で思いっきり腹を殴られた。まだ誰にも揉まれたことはないんだと、良樹が真剣な顔で俺を怒鳴る。一体誰に揉ませるんだよ。
そんな俺らの下品な会話を聞かせないようにか、壱が千夏の耳を塞を塞いであげていた。それでも千夏には聞こえているみたいで、少しだけ頬を赤らめ、それからクスクス笑った。
「周りの人、絶対私たちのこと変な目で見てるよね」
「あー、いいのいいの。夏の暑さでやられたってことにしておこう」
千夏の言葉に、高岡さんがそう言って笑う。
すると菜穂が、お腹の上に乗せられている高岡さんの腕を退かして起きあがった。
「夏の暑さでやられておかしくなってるのは、高岡先輩だけにしておいてくださいね」
胸を触った仕返しですと言って、触っていないと言い張る高岡さんのおでこを指で弾いた。それから、隣に寝ている柚子さんの手を引っ張る。
「かき氷はもう溶けちゃったんで、後で高岡先輩か夕に奢ってもらうことにしましょ」
拒否することを許さないとでもいうかのような圧を感じる笑顔に、仕方なく頷いてみせると、あいているほうの手で千夏を引っ張った。つられて壱も良樹も起き上がる。
「きーちゃん先輩、泳ぎに行こ!」
「ボールも持って行かなきゃ」
「わ、私、浮き輪……!」
「いらない、いらない! ほら、行くよっ」
菜穂がバッと上着を脱ぎ捨て、それから大きくジャンプをした。
「行くぜー!」
ハイテンションの菜穂に続いて、みんなも海のほうへ走っていく。
誰にも起こしてもらえなかった俺と高岡さんも起き上がり、それからふたりでシートの上の食べ物を片づけることにした。
少し残っていたけれど、砂まみれになっているし、これはもう食べられないや。
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