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夕side2

「いや、ほとんどないんだけどさ。それでも意図がうまく伝わらなくて、気持ちがすれ違う時は何回かあったよ。喧嘩してもおかしくないような雰囲気」 「うーん……、ふたりのそういう雰囲気、全く想像できないんですけど」  高岡さんははっきりと言う時もあるけれど、嫌味な感じはしないし、相手のことを思いやる気持ちが透けて見える。  あえて意地悪なことを言ったり揶揄ってくる時があるものの、柚子さんにはそういう態度は取らないし、まして柚子さんも人を攻撃するタイプでもないから。  このふたりにも、すれ違う時があるんだな。 「まぁたまにね、あったんだよ。でもそういう場面になったら、いつも真宮が黙ってさ、先にごめんって言っちゃうんだよ」 「……柚子さんらしい感じがしますね」  ごめんねと謝ることが、癖みたいになってしまっている気もするし、柚子さんに先に謝られたらこちらも素直に折れて謝り、擦り合わせをして終わりになる気がする。  俺と菜穂みたいに、お互いに言うだけ言って、それからごめんねの流れとはまた違うし。 「そうなんだよなあ。だから、まあ今思えば喧嘩になる雰囲気とは違ったのかもしれないけど、それでも我慢ばかりしてきた真宮が、あんなふうに我慢せずに学校休んで、弱さを見せるくらいまで、どんな形にしろ影響を与えたってのが、俺じゃあなくて知り合ったばかりの橘かよ、って悔しかったんだ」  実際は俺だけではなくて、津森さんの影響のほうが大きいと思う。  彼のことはよく知らないけど、柚子さんに対して酷いことをしたのは事実だし、あの時のふたりの会話を聞いてたら何となく分かったから。    あの日の出来事を見られてしまったことと、それまで泣いた理由も俺にバレてしまったこと、それで弱っていたんじゃあないかなと思う。  でもそれを高岡さんは知らないから、俺も何も言わずにこのままにしておこう。  俺は黙ったまま、やっぱり半歩分後ろを歩いた。 「こんなこと言ったらさ、まるで真宮のこと好きだって言ってるみたいだけど、あくまでも友人としてだからな。お前の敵じゃねぇぞ」 「分かってますよ」 「あぁ、それと。海に行こうってお前が電話して来た日。あれわざと出たんだよね。いくら相手がお前だからって、人の電話に勝手に出たりするのは好きじゃあないし。ただ、橘の反応が知りたくってさ。揶揄いたくて電話に出てしまった」  立ち止まった高岡さんが俺のほうを振り返り、少しだけ砂を蹴り上げ、俺の足元にかけた。  俺があの電話のせいでもやもやしてしまったことも、この人にハメられたってことなのか? 分かっていながら、あんなことするなんて、俺に対してはやっぱり意地悪だ。 「お前の声聞いて、ああ怒ってるなと思ったら少しだけ楽しかった。てかこれ、真宮に言うなよ」  高岡さんが、近くに寄るようにと俺を呼ぶ。絶対にろくなこと言わないし、しないじゃん。でも拒否権もないから渋々近づくと、腕を引っ張られ、耳元で囁かれた。    「アイツ、酔うとすぐに寝るけどさ。それまでずっと橘の話しかしねぇの」 「……っ、」 「だから俺たちの前以外では極力飲ませないようにしないとな。今度お前も試してみろよ」  悪い話じゃあなかっただろ? と、高岡さんが笑った。 「俺のどんな話をするんですか? 好きなところ? キュンとしたところとか?」 「さあ? どうだろうなぁ」  俺の知らないところで、柚子さんはどんな話をしたのか気になる。けれど、高岡さんは笑っているだけで教えてはくれない。 「まぁたまには真宮を俺に貸せよな。お前の電話に出た時だって、泊まりって分かった途端にイライラし始めたよなぁ。でもさ、俺の家に泊まることをお前は色々心配するんだろうけど、俺は真宮には変な気は絶対に起こさないし、そもそも俺の家は実家だからな」  俺の部屋の隣は親の部屋だ! だから安心して真宮を貸してくれ! と言って、高岡さんは俺の背中を叩いた。いちいち力が強い。 「仕方ないですね」  砂を足で蹴りながらそう一言返すと、その足を思いっきり踏まれた。それからニヤリと高岡さんが笑う。 「あ、そうそう。真宮って抱き枕にちょうどいいよな」  それだけ言い残して走り出した高岡さんが、一瞬俺のほうを振り返り、ペロリと舌を覗かせる。 「え? 抱き枕? ちょっ、高岡さん! それどういうことですか!」 「ばーか」 「柚子さんを抱き枕にしてるんですか! 信じられない!」

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