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この世界で、君と。
空港に着くと、馴染みのある方言が聞こえてきた。俺と同じように帰省してきた娘や息子を、お帰りと出迎えている家族が多い印象を受ける。
俺が前回帰省したのは去年の夏だったから、約一年振りだ。俺は久しぶりのこの空気感を噛み締めるように深呼吸をした。
荷物受け取りレーンに流れてきた自分のキャリーケースを取り外に出れば、自動ドアのすぐ横に母さんが立っていた。
「ただいま」
「……お帰り」
久しぶりねと母さんが笑い、握手をするかのように俺の手を握った。少しだけ前よりも細く感じるその手に心配にもなるけれど、俺は大切にそっと握り返した。
「迎えに来てくれてありがとうね」
「ううん、いいのよ。近いんだし、柚子が帰って来てくれるのが嬉しくて嬉しくて」
帰省しても家族以外に会う人はいないからと、長期の夏休みですら、お盆以外は帰らないことにしていた。
俺が誰にと会わずに家から出ない姿を見せることで、母さんたちが気まずく感じるかもしれないからとそう思っていたけれど、でも、もう少し帰ってくるようにしたいな。
たった数日間だけなんて、親からしてもあまりにも寂しすぎるだろうし。
これからは冬だけじゃあなくて、春も帰るようにしよう。
……橘くんも、いつか連れて来たいな。
「母さん、」
「なぁに?」
「……ううん、呼んでみただけ」
母さんたちに話したいことがたくさんある。
橘くんのこと、高岡や菜穂ちゃんたちのこと。でも、後からゆっくり話したほうが良いだろうから、俺は呼んでみただけだと誤魔化し、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ねぇ、柚子」
「ん? 何?」
「……母さんもね、呼んでみただけ」
俺の真似をして、母さんがくすりと笑う。
「……母さん、」
「呼んだだけでしょう?」
「うん、呼んだだけ」
こんな俺だし、全然親孝行もできていないけれど、それでもこうして笑顔で迎えてくれる母さんに、冗談を言い笑いかけながらも、心の奥でありがとうと感謝した。
「柚子はまた身長が伸びたか?」
「ううん。さすがにもう身長は伸びていないと思うよ」
「そうか? だったら顔つきが大人びたからかなぁ。大きくなったように見えるんだよなぁ」
帰り着くとちょうど夕飯の時間で、下準備を済ませてくれていた母さんが、手際よく料理をテーブルに並べてくれた。
父さんはご機嫌な様子でビールを一気に流し込む。
久しぶりの三人での食事に、自然と笑顔がこぼれた。
いつもよりおかずの数が多いし、柚子がいるからご飯が美味しいと、俺を理由にして父さんが早いペースでビールを飲んでいる。
「それにしても、顔つきが変わったな。なんだかしっかりしてきたし、でも柔らかくもなった気がするな」
「そうかな?」
「う~ん、うまく言えないけれど、なんだかそんな気がね、するんだよなぁ」
「お父さん、お酒飲み過ぎなんじゃない? さっきから同じことしか言ってないもの。もう……、柚子が帰って来てくれたのが嬉しいのは分かるけど」
さっきから同じことしか言わない父さんに母さんが呆れているけれど、でも父さんの言うと通りかもしれない。
今までよりも、自分に自信が持てるようになったし、日常の中で笑うことが増えた分、これまでよりも自然な笑顔になったと自分でも思う。
……今、話をしようかな。せっかく父さんが話のきっかけを作ってくれたから、みんなのことを伝えたい。
母さんも父さんも俺に気を遣ってくれているからか、大学生活のことはほとんど聞かれたことがない。
これまでの俺にとってはそれで助かった部分が大きかったけれど、でも今はすごく楽しいし、もうそんなことで気を遣わなくて良いよと話さなければ。
俺の笑顔が何よりの幸せだと言ってくれる大切なふたりに、もう大丈夫だよと、これまでありがとうと、そう言わなきゃ。
「あのさ、」
「うん、どうした?」
「今までたくさん迷惑もかけたし、心配もかけたよね。本当に申し訳なく思っているし、ありがとうと感謝もしているんだ」
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