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この世界で、君と。

「俺はね、今、すごく毎日が楽しいよ。家族以外の他人から、こうして愛情をもらえる日々くるなんて、想像もしていなかったから。もう、自分を否定したりはしない。これからは、強く生きるよ。だからね、もう、俺のことは心配しないで」  普通じゃないとかおかしいとか、自分のことを否定ばかりしてきた人生だったし、心から幸せを感じられる日々は来ないと決めつけて生きてきた。  でも、今は違う。俺のことを大切にしてくれる人が、家族以外にもたくさんできたから。  橘くんや高岡、それから菜穂ちゃんたちに出会えたことは、これから先の人生の中でもきっと一番大きな出会いだと、そう思える。  俺が、男しか好きになれない真宮柚子だったから、だからこうして巡り会うことが出来たのかもしれないと、今ならこんなふうに肯定的に考えられるようにもなった。  そう思わせてくれた、みんなに心から感謝したい。俺がつらい時に、こんな俺を責めることもせずに、支えて守ってくれた父さんと母さんにも。  そしてこれからもみんなのことを大切にしていきたいな。 「ありがとうね、」 「……柚子っ、」 「俺は、大丈夫だよ。だから、心配しないで。……もう、大丈夫だから」 「良かった、ね。柚子……、良かった、」 「……うん、」  相変わらず涙は止まらないけれど、それを誤魔化すようにして、肉じゃがに手を伸ばし、大きなじゃがいもを口いっぱいに頬ばった。  母さんの優しさが詰まった味。溢れ出る涙を無視して、どんどん口に詰め込む。     「そんなに慌てて食べちゃ、喉に、詰まっちゃうよ」 「だって、おいしいからさ、」  柚子は昔から肉じゃがが大好きだったものねと、泣きながら母さんが笑った。これまで見た中で、一番の笑顔かもしれない。  父さんはコップに注いでいたビールを飲み干すと、母さんに色々言われながらも新しいビールを取りに行った。 「柚子がいると、お酒も進むな」 「ただ飲みたいだけのくせに。父さん、俺を使わないでよ」 「使ってないぞ。事実だからな」 「いいですよ。飲みたいのなら飲めば……! 明日から飲まなければ良いだけのことですから」 「いや、それは、」  父さんが母さんにへこへこと頭を下げた。大泣きしていたのが嘘かのように、いつもの雰囲気に戻る。  母さんも涙を服の袖で豪快に拭くと、「だいたい毎日飲む必要がどこにあるの!」と、怒ったようにそんなことを言った。  何だかんだでうちは、母さんが強い。 「父さん、じゃあ明日は休肝日だね」 「柚子はお父さんみたいに飲み助になっちゃダメよ」 「え……、」  父さんと母さんが笑っている。  俺の顔色を伺いながらの、気を遣った笑顔じゃあなくて、心からの笑顔だ。  今まで本当に心配ばかりかけたね。  俺が感じた苦しみと同じくらいの苦しみも味わわせてしまった。それでも、ずっと味方でいてくれてありがとう。  父さんと母さんにも否定されていたら、俺はきっと今、ここにはいないはずだもの。  父さんと母さんの子で良かったと、心からそう思うよ。  守ってくれて、愛してくれてありがとうね。ふたりとも大好き。  じわりと目頭が熱くなる。俺はぐっと目に力を入れ、もう涙がこぼれないようにと、また母さんのご飯を口いっぱいに詰め込んだ。

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