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この世界で、君と。

◇ 「ただいま」  鍵を開けると、誰もいない部屋に向かって呟いた。数日間だけ実家で過ごし、一人暮らしの家に帰ってきた。  これまでは帰宅するたびに憂鬱な気持ちになっていたけれど、今回は今までとは全然違う。実家での生活だけじゃあなくて、こっちでの生活もすごく好きになれたから。  見送りをしてくれた父さんと母さんも、もう心配した顔はしていなかった。 「ふぅ、」  荷物を広げ、整理をする。出発前に終えられなかった洗濯物と、今回の帰省で着た服をすぐに洗濯機の中に突っ込んだ。  洗濯機を回している間は、録画していたテレビを見て過ごす。  帰りは良い時間の飛行機の予約が取れず、朝一番の時間帯になってしまったせいで、まだお昼くらいの時間だ。  橘くんもこんなに早い時間には帰って来ないだろう。いくら帰省から帰る日が被っているとはいえ、実家でゆっくり過ごし、夕方か夜に戻ってくるはずだ。  スマホを見るも、連絡は入っていない。  明日にでも会えたら良いなあ。本当は今すぐにでも会いたいけれど、そんな連絡を入れれば、橘くんはきっとそれを叶えてしまう。    だから、俺からは連絡はできない。帰って来たよの連絡すら、しないほうが良いかもしれない。  少しどころかかなり自意識過剰にも思えるけれど、橘くんは俺がしてほしいことをさらりとやってくれることしかないから。  俺が今連絡を入れれば、会いたいと言わなかったとしても、なぜかその気持ちに気づいて、予定より早い時間だとしても絶対に帰って来てしまうはずだ。 「うー……、明日まで我慢だ」  俺はベッドに手を伸ばし、クッションを手に取るとそれに抱き、またテレビへと意識を向けた。 「んっ……」  いつの間にか眠っていたようで、カーテンの隙間からは夕日が差し込んでいた。時計を見ると、五時を指している。  相変わらずスマホには、橘くんからの連絡はきていない。 「ふぁ……」  俺はスマホをローテブルに置き、ひとつ欠伸をこぼすと、それから大きく背筋を伸ばした。 「あ!」  洗濯物を入れっぱなしだったことに気づき、今から外には干せないからと、室内で物干しスタンドを広げ、念入りにシワを伸ばして干した。  それから、空腹を満たそうと冷蔵庫のほうへ向かったけれど、開ける前に何もないことを思い出す。  そういえば、腐ってしまうかもしれないからと、帰省前の新しい買い物は控えて冷蔵庫の食材は全て使い切ってしまったんだった。  棚を開けカップ麺でも食べようかと思ったけれど、それも何一つない。  ……ああそうだった。帰省前に生ゴミを出したくなくて、カップ麺食べたんだった。 「ああー……」  帰省後の自分のためにした行動が、なぜか今自分の首を絞めている。  ご飯は別にコンビニのお弁当でもカップ麺でも何でも良いけれど、今日は靴を履いて買いに行くという行為自体が面倒に思える。  遠い距離にあるわけじゃあないのになあ。  それでも買いに行かなければ何も食べられないし、空腹感に苦しみ続けることになる。  今の我が家にある食べ物は、みんなに配るために買った地元のお土産のみだし、これを食べるわけにもいかない。 「どうしてお腹って減るんだろうなぁ」    食べたい時にだけお腹が空けば良いのにと、そんな都合の良いことを考えながら、渋々靴を履き、玄関のドアを開けた。

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