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この世界で、君と。

「お、柚子さん。出迎え? チャイム鳴らしてないのに、開けてくれるとか嬉しいね」 「わあ! って、……え? ……ん?」 「ちょっと……!」  いないはずの人がいることに驚き、俺は咄嗟にドアを閉めてしまった。  今日は何も連絡が入っていなかったし、橘くんが俺の家に来ることはよくあることだけれど、いつもなら必ず一言くれるはずだ。  それにまだ実家にいるか、そろそろ家を出る頃かなくらいに思っていたのに。    本物? それとも俺の幻覚?  騒がしい心臓を押さえながら、もう一度ドアを開けると、本物だったらしくそこには橘くんがいた。 「……ちょっと閉めないでよ」 「いや、だって」 「驚いた? 驚かせようと思って、黙って勝手に来たからね」  さすがに今日はご飯作るのは面倒だからコンビニで適当に買って来たよと、橘くんが靴を脱ぎ、それから部屋に上がった。  何が起きているのかいまだに把握しきれていない俺は、自分の部屋なのに橘くんの後に続いて入った。  家族でどこかに出かけたのだろうか。この間の海で焼けた時よりもさらに、橘くんが黒くなっていた。 「ご飯食べるには早い時間だけど、お腹空いたからもう食べよう」 「……あ、うん、」  橘くんがテーブルの上に袋を置き、買ってきたお弁当を並べ始める。 「……っ、」  俺はついさっきまで寝ていて、お腹が空いたけれど何もなくて、だから仕方なく今から買い物に行こうと思ってドアを開けたのに。  まさかこのタイミングで橘くんが家に来てくれるとは全く想像もしていなかった。  最初はびっくりしたけれど、徐々に嬉しさが込み上げ頰が緩む。  今日はもう会えないと思っていたのに、会えた。明日まで待たなくて良いんだ。  俺は感情のままに、橘くんの背中に抱きついた。 「うお、」 「嬉しい……!」  変な声を出し驚いた反応を見せる橘くんのお腹に、俺は大胆にも手を回した。橘くんの清潔な石鹸の香りと、それともまた違う良い匂いがする。実家の匂いかな……? 「柚子さんさ、俺に会いたかったでしょ?」 「……うん、」 「気を遣って俺に連絡入れなかったんだろうけど、気遣っている時点でそれ俺に会いたいって言っているようなものだからね」 「……え、」  橘くんが俺のほうに向き直り、正面から抱きしめてくれた。ああこの感覚、好きだなあ。触れているところの境界線がなくなって、溶けていくような感じ。   「そもそもさ、お互い今日帰って来るんだから、そりゃあ明日まで待たずに今日会いに来るに決まってるじゃん」 「……ねぇ、橘くん。俺の考えていることが分かるの?」  いつもそうだ。そばにいてほしい時は必ず隣にいてくれるし、抱きしめてほしい時もキスしてほしい時も、必ずそうしてくれる。  橘くんは、俺のことを何でもお見通しなんだ。  今だってそう。会いたいと思っていたら、本当に会いに来てくれた。 「きーちゃん」 「ん?」 「ばーか」 「え、」 「分かるに決まってるじゃん」  橘くんが笑い、それから俺の頭を撫でた。指先でうなじに触れられ、それがくすぐったい。  彼の胸に埋めていた顔を上げると、優しい眼差しで俺を見つめていた。 「てかさ、考えてみてよ。柚子さんは俺と毎日一緒にいたいってそう思うでしょ? それは俺も同じだよ。だからね、柚子さんが思っていることと俺が思っていることは同じなんだよ」 「ふふ、そっか」 「そう! 柚子さんが会いたいと思った時は、俺も柚子さんに会いたいの」 「……そっか」  それ以上の言葉が出てこなかった。俺が会いたいと思っている時は橘くんも同じだと改めてそう言われて、想いが通じ合うとはこういうことかと実感したら、もう、それだけで胸がいっぱいだ。  幸せを感じる時も、こんなに胸が苦しくなるんだね。  ああもう、どうしよう。橘くんを好きという気持ちに際限がない。どこまでも増えていくし、おかしくなりそうだ。  でも、俺がそうなら橘くんもそうだってことだよね。  ……好きだなぁ。橘くんのこと、本当に大好き。 「…………ゆ、う」 「ん? 何?」 「……ゆう、」 「ゆう?」 「……だ、だから、呼んでみた、だけ」  もう少し彼に近づくにはどうしたら? と思い名前を呼んでみたけれど、彼の中では俺が名前で呼びをするイメージが全くなかったのか、気づいてもらえなかった。  ひとりで浮かれているみたいで、たまらなく恥ずかしい。  目を臥せると、あっ! と声がした。 「……ちょっと待って、このタイミングで呼ばれるとは思っていなかったからさ!」

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