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第35話
智は身動きもせず、俺を見つめている。
その目が潤んで見えるのは、酒に酔ってきたせいか?
それとも、俺のこと可哀想なやつだと同情してるのか?
言いたくないことも言わなきゃいけない。
俺は、グラスのバーボンを一気に飲み干した。
「夜な夜な家を飛び出しては遊びまくった。
女も男も、声掛けたらホイホイ面白いくらいノッてきた。逆ナンされてホテルへ直行なんて何度もあった。
付き合った奴はいないぞ。その日一夜限り。
『キスは本命にしかしない』って中二病みたいなこと言っては、身体の快楽に溺れてた。
実際、キスした奴はいなかった。
本気の恋をしたことがなかったんだ。
その頃からかな…だんだん女を抱くのが気持ち悪くなってきたのは…
俺はもう、男しか無理だと…
そんな時、ふと入ったフレンチの店で食ったビーフシチューにガツンと衝撃を受けたんだ。
聞くと、そこの店長はパリでも有名な店で総料理長を張ってた人でさ、日本人の、今の奥さんに一目惚れして、自分の地位も名誉も全て捨てて 日本に根付いちゃったらしい。
俺自身のやらかしてきたことを棚に上げてさ、『人の心を変える料理を作りたい』って弟子入りして、勉強しまくった。
その後も修行のために、いろんな店を転々としたよ。
怒鳴られても叩かれても、水ぶっかけられても、歯を食いしばって耐えた。
お陰で随分強くなれた…
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