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第5話
友人の実家に対する佐和紀の想いを、美園は聞かずとも理解している。だからこそ、信貴組の若頭である堀田を、佐和紀のサポート役という微妙な位置に配置したのだ。
「……あんた、本当の本当は、何者なんだ」
グラスをカウンターへ置いた堀田に腕を掴まれる。佐和紀はフロアを眺め、うっすらと微笑んだ。
「男に捨てられて流れてきたわけじゃないだろ。美園さんとの関係も変だ」
堀田はじれたように言葉を重ねる。
行き交う客たちの向こうにはいくつかカジノ台があり、そのひとつに塚越の姿があった。こちらにはまだ気づいていない。
「だからさ、首を突っ込むなって。諒ちゃんは、俺が合図を送ったときに、塚越との間に入ってくれたらいいんだから」
「そうは、いかない」
必死な顔をして詰め寄ってくる堀田の心配は、佐和紀に向けられているのではない。すべて律哉に対するものだ。
それでこそ堀田諒二(りょうじ)だと思いながら、佐和紀ははにかむように笑った。
「りっちゃんを連れてきてないんだから、真剣だってことはわかってんだろ? 美園は信貴組を信用してるよ。その根拠は、俺。……俺が、りっちゃんとあんたを信用しているから、美園も疑わずにいる。その理由なんて聞く? 聞いちゃいけないとこだろ。だからさ、……諒ちゃんにも、俺を信用していて欲しい」
「信用はするけど。でもなぁ……。あんたもきれいな顔して、因果だな」
塚越との関係を構築する方法について、いかがわしい妄想をしているのだろう。言葉には、ほんのわずかな同情も含まれていた。
「諒ちゃんと違って、俺の男は放任主義なんだ」
言ったあとで、堀田が誰を想像するのかと迷う。
堀田と律哉は、佐和紀の前歴を知っていながら、横澤が元世話係だとは気づいていない。関東から流れてきた男に囲われていると信じているのだ。周平と続いていることも知らないだろう。
だから、堀田の脳裏に浮かぶ『サーシャの男』は、横澤になるはずだった。それぐらい、岡村の振る舞いは完璧で、木下でさえ佐和紀がふたりの男と通じていると信じているぐらいだ。
「いいように使われてるって、心配したけど……。やっぱり違うんだな、あんたは」
意外なことを言い出し、堀田はぐったりとうなだれる。
「心配? そうなの? 誰に、いいように使われてるって? どこ情報? ……葛城組(かつらぎぐみ)の千早(ちはや)ってヤツ?」
矢継ぎ早に聞いて首を傾げた。周囲の評価をコントロールするつもりはないから、至るところであらゆる噂が飛び交うことは予想している。
横澤との関係、元旦那とのいざこざ、美園の存在、桜河会の影。
そして、塚越への接触。
傍から見れば、怪しさしか感じられないのが、佐和紀という存在だ。
「なんで千早を知って……、そうか、横澤から聞いたのか。あの男もわからないな……。桜河会とも繋がってるみたいだし……」
まだ話し続けようとする堀田を、佐和紀は指先で遮った。
「ダメ」
くちびるに触れるか触れないかで指を引き戻して、しっとりと見つめる。首を横に振った。
千早という男が所属する葛城組も、美園や堀田と同じく阪奈会所属だ。
いまのところ、敵ではない。しかし、堀田が情報を握っていると知れば、足元を見られてしまう。だから、教えることはできない。
「横澤から千早へ情報が流れることはない。それは覚えておいて」
「元から、こういうつもりだったんだな」
鋭い目をした堀田が佐和紀の手首を掴む。話をごまかされないための行動だったが、素知らぬふりでさりげなく指を絡める。
堀田は息を呑み、初心な少年のように佐和紀の手を振り払った。
「こういうって、どういうの? 美園と歩き回ってることを言ってる?」
佐和紀は目を細めて問いかける。
「りっちゃんは巻き込まないよ。俺だって、かわいく思ってる」
「サーシャにかわいいと思われるのは、妙に、イヤなんだけど……」
「手は出さないし、出される気もないよ。心配すんなって」
「そっちはそうでも、あっちは『じゃじゃ馬』なんだよ。ヤクザになってくれたほうが、いくらもおとなしかったんじゃないかって、このごろはつくづく考える……」
「惚れたのが運の尽きだろ」
からかって流し目を向けると、堀田は小さく身震いしてから、にやりと笑った。
「惚れたから、こうやって生きていられるんだ」
大げさなセリフが似合ってしまうのは、極道らしい凄みを備えているからで、これみよがしのキザには見えない。堀田の本性は泥くさく、情念はねっとりと濃い。
佐和紀はその肩をポンッと叩き、カクテルを飲み干す。
カジノの台からフロアへ出てきた塚越と目が合った。合図を受け、グラスと堀田を残してカウンターを離れる。
促されるままにテラスへ出ると、すぐにカクテルが運ばれてくる。ボーイの差し出したシルバートレイにはさまざまな形のグラスが載っていた。塚越はウィスキーの水割りを選び、佐和紀は白濁したショートカクテルを手に取る。
無言で視線を交わし、グラスを掲げて乾杯の仕草をした。
広々とした夜景が眺められるテラスは、パーティーの熱気を冷ますのにも最適だ。緑豊かな観葉植物がパーティションの代わりに置かれ、屋外用のカウチソファやチェアもオシャレな雰囲気を醸し出している。
「きみは、今日も美しい」
関西のイントネーションで褒め言葉を口にする塚越は、遠慮のない値踏みの眼差しを佐和紀へ注ぐ。
「口説いても無駄ですよ」
舐めるような視線を軽くあしらい、ドレスシャツのフリルを指でもてあそんだ。いまさら、恥ずかしがる演技はしない。『サーシャ』には横澤という愛人がいて、彼を裏切ることはできないと説明が済んでいるからだ。
「今夜こそは、もっと落ち着いた場所で会いたかったな」
塚越の髪色はシルバーグレーだ。白髪と黒髪が絶妙に入り混じっている。
その髪をきっちりと撫で上げ、グレーのパイピングが施されたカジュアルタキシードにチェック模様のリボンタイをつけていた。
「ここの夜景も悪くはありません」
すげなく言って、テラスの隅へ足を向けた。ガーデンチェアとテーブルの置かれた一角だ。そばにパラソル型のヒーターがあり、初冬の夜風を暖めている。
佐和紀がチェアに座ろうとすると、塚越の手がさりげなくグラスを支えた。無遠慮なのは視線だけで、行動は至って紳士的だ。
長身で胸板が厚く、シワの刻まれた肌にはまだ張りがある。大きな瞳にも生気がみなぎっていた。実際は還暦をとうに過ぎているのだが、佇まいに若々しさが感じられるだけでなく、歳を重ねたがゆえの自信も揺るぎない。見るからにバイタリティがあるということは、性的な好奇心を失っていない証拠でもあった。
テーブルの向こうに置かれていたチェアを佐和紀のそばに置き直し、塚越はゆったりとした仕草で座った。
「きみもそろそろ、仕掛けたい頃じゃないのか?」
塚越の手が、佐和紀の座るチェアの背もたれを掴んだ。なにも言わず、男の目を覗き込んで返す。ふっと笑いかけ、視線をそらした。
「わかりかねます」
つんと澄まして答えると、塚越が笑い出す。
「こっちを向いてごらん。そんなに拗ねるようなことか」
魂胆は読めていると、塚越は言外に繰り返す。そのたびに、佐和紀は素知らぬふりを続けた。
「福岡と広島は、どちらがよかったかな?」
優しげに問われて、塚越を見る。無言でいたが、向こうから目をそらすことはない。
「忙しく連れ回されているだろう。……心配になった」
「どうして心配するんですか」
カクテルグラスにくちびるをつけ、舐めるように微量を飲んだ。
「不当な扱いをされているなら、気の毒だ」
塚越の優しげな言葉を聞き、笑うように息を吐く。
本性が悪人であることは知っている。由紀子とつるみ、他人を陥れ、女を道具同然に扱っている男だ。
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