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第8話 大切なものが出来たらしい
僕はかつて、「自分の力で生きていく」と言い捨ててこの家を飛び出した。
それ以来、ほとんど足を踏み入れることのなかった実家──鳳財閥本邸の重厚な意匠が施された応接室に鳳は立っていた。
そこで鳳は父親である政財界に絶大な影響力を持つグループ総帥の前に静かに膝をついた。
「父さん、急な訪問で申し訳ありません。お願いがあってここまで参りました」
深々と頭を下げる三男坊の姿に、重厚なデスクに座る父親は眼鏡の奥の目を丸くした。
これまで鳳家の名声も、グループの莫大な資金やコネも一切拒み、己の実力だけで這い上がっていくと泥くさく突っ走ってきた、あの意地っ張りな息子。
そんな男が、プライドも何もかもを投げ打って自分の目の前で頭を下げている。
「珍しいこともあるものだな。あんなに自分の腕一本にこだわっていたお前が、自ら鳳の家柄とコネを借りに来るとは」
「…『白洲ファンド』について調べていただけませんか。僕の同僚が行方不明で、何か重大な事件に巻き込まれているかもしれないんです。こちらで奴らの通信の足跡までは掴みましたが、この先は個人の手には負えません。政財界に精通した我が家の情報網と、傘下の法務・監査チームの力を貸してください」
真っ直ぐに自分を見つめ返してくる息子の顔には、迷いも揺らぎも一切なかった。
父親はしばらく無言で考え込んだ後、やがてふっと呆れたような、けれどどこか隠しきれない笑みを漏らした。
「……ふん。いつも『実家の力なんて借りなくてもやっていける』と突っ走ってきた困った三男坊が、とうとう自分のプライドを捨ててここまで頭を下げに来たか。……どうやら、お前にも余程大切なものができたらしいな」
「…はい。自分の小さなプライドなんてどうでも良くなるくらい、どうしても救い出したい人がいるんです」
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