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第7話 眠れる夜

あの検証から数日後の夜、相沢の個人チャンネルに一曲の音源が上がった。 仮だった歌詞は整えた。高澤にももう一度スタジオへ来てもらい、今度は公開するための声を録った。 何度も歌わせたわけではない。 高澤の声が、相沢の置いた音の中へきちんと収まったところで終わりにした。 そのあと相沢は、声の端と音の重なりだけを整えた。きれいにしすぎると違う。正しくしすぎても、高澤の声がまた居場所を失う。 だから、少しだけ歪ませたまま残した。 告知はしていない。Aurora公式にも出していない。誰かに確認を取ってから出すような、大きな音でもなかった。 相沢は自分のチャンネルを開き、短い説明文を打った。 『眠れる夜』 vocal 高澤廉 music 相沢涼 それだけだった。 サムネイルも相沢が作った。 黒に近い夜青の背景に、小さな白い点をひとつ置く。輪郭は少しだけ滲んでいて、光とも影とも言えない。 眠れない夜の残りのように見えた。 公開ボタンを押したあと、相沢はしばらく画面を見ていた。 再生数はまだ一桁で、コメントもない。 夜の端に、小さく置いただけの曲だった。 背後で気配がして、相沢は振り向いた。 高澤が立っていた。 「出したのか」 「出した」 高澤は隣の椅子を引き、画面を見る。 公開されたばかりの曲が、サムネイルと二人の名前を並べて表示していた。 「早いな」 「夜に出したかった」 「理由は」 相沢はタイトルを見る。 「眠れる夜だから」 高澤の眉が少しだけ動いた。 「眠れる夜に聞く曲、という意味か」 「まあ、そう」 それ以上は説明しなかった。 高澤も追及しない。 相沢は再生ボタンを押した。 部屋に音が流れる。 最初の旋律は、普通に聞けばまだ少し不安定だ。けれど、高澤の声が乗ると、その歪みが居場所へ変わる。 言葉はまっすぐ届き、リズムも崩れない。無理に上手く見せようとする声でもなかった。 相沢は、自分の作った音より高澤の声を聞いていた。 隣でも、高澤が黙って自分の歌を聞いている。 サビへ入る。 高澤は画面から目を離さなかった。 「悪くないな」 「うん」 「音程も合っている」 相沢は少しだけ間を置いた。 「合ってる」 「改善したな」 本当は違う。 高澤の声を直したのではない。 曲の方を、高澤が落ちる場所へ寄せただけだ。 それでも、今ここで聞こえている声が合っていることは本当だった。 相沢は何も訂正しなかった。 曲が終盤へ入るころ、高澤がこちらを見た。 「今日はちゃんと寝るか」 「高澤が?」 「お前もだ」 「俺も?」 「作業は終わったんだろう」 相沢は画面を見る。 公開まで終わった。 もう戻して聞く必要も、音を置き直す必要もない。 それでも、あと一回くらいは聞きたかった。 「もう一回だけ」 「明日聞け」 「まだ聴きたい」 「寝ろ」 相沢は少し笑った。 高澤は本気で言っている。 初めてカラオケへ行った夜は、自分が眠れず、収支表を見ていたくせに。 曲が終わった。 一瞬だけ静かになった部屋で、高澤が画面を見たまま言う。 「これを聞いていたら、眠れそうだ」 相沢は顔を上げた。 「自分の歌なのに?」 「自分の歌でも、眠れるものは眠れる」 「そういうもの?」 「たぶん」 真面目な返事だった。 相沢はもう一度、画面を見る。 再生数がひとつ増えている。 『眠れる夜』 vocal 高澤廉 music 相沢涼 二人の名前が並んでいた。 「寝るぞ」 高澤が立ち上がる。 相沢は少し遅れてPCを閉じた。 作業部屋を出る前に、相沢は振り返った。 机の上には、閉じたPCだけが残っている。 さっきまで流れていた高澤の声は、まだ耳の奥にあった。 二人は寝室へ向かった。 廊下の明かりは落ちていて、家の中はもう静かだった。 今夜は、それで眠れそうだった。

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