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第5話
「光、準備できた?」
アンジェロが遠足前の子供のようにはしゃいだ声で光に聞いた。
「うん、もう出られるよ」
寝室から出てきた光を見てアンジェロが声のトーンを落とす。
「あれ? 昨日と同じ格好だね」
あからさまに残念そうな彼の言い方に光は苦笑いを浮かべた。
「服、これしかないんだよね」
光の言いにくそうな様子に何かを感じ取ったアンジェロはそれ以上は追求することなくある提案をする。
「そうなんだ、じゃあさ服買いに行く?」
「え」
思ってもみなかった展開に光はしばし固まっていたが、服選びが好きな光は次の瞬間には表情を明るくして飛びついていた。
「乗った!」
二人はホテルを出ると、用意されていたタクシーに乗る。移動中もアンジェロは光の事情について聞いてくることはなかった。
聞かれたら正直に話そうと思っていた光だったが、内心ホッとした。
「着いたよ」
アンジェロに促されタクシーを降りる。
着いた場所は個人デザイナーの外観は目立たないアトリエみたいな店だった。
「なんか意外」
「ん? 何が?」
「もっといかにも高級ブランドです。みたいな店に連れてかれるのかと思った」
「そういう店もいいけど、光苦手そうだなと思って」
光の持ち物から判断したのだろうか、アンジェロは彼の好みをピンポイントで当ててきたのだった。
「こういう店大好き、ワクワクする」
「よかった、俺の見立ては外れてなかったようだね」
光が先頭を切って入口のドアに手をかける。キョエーッとジャングルの鳥が鳴くような入店の合図に少し驚きながらも先へ進む。
「いらっしゃいませ」
低めの声に淡々と声をかけられる。無機質なコンクリート打ちっぱなしの壁際に柄物のシャツが浮かび上がっている。光たちに近づいてくるかと思いきやその場から動かない店員に、なるほどそっとしておいてくれるタイプのお店かと光は納得し気を良くした。
光にとって服屋は気分が上がる場所であり、同時に憂鬱な場所でもあった。それが店員による監視のような声かけであるのだが、この店は違うようだ。
「ねぇ見て、ボタンがカメレオンだよ」
素材はシルバーの金属。白光した照明に照らされてこちらを見つめる二つの目。ギョロッとした左右の開きに爬虫類独特の異質さとかっこよさを感じてますます高揚する光である。
「こっちにバッグがあるよ、持ち手がヘビになってる!」
「気に入ったのがあったら試着してみるといいよ」
そう言われる前からすでに試着する気満々で数点の服を手に持って店内をウロウロしていた光である。なんなら試着しなくてもノリで買う気満々でもあった。
黒のカーテンが垂れ下がった試着室へと足を踏み入れる。意外と中が広くてゆったりできるつくりであった。
「で、なんでアンジェロもついてくるの?」
「いや、着るのに手間取るかなと思って」
確かにこの店の服は凝ったつくりのものも多いけど、光が選んだのはそのなかでも割とシンプルなシャツと黒のロングコートである。
「ふーん、まぁいいや」
気にせず着替えに取りかかる光の姿を後ろからあごに手を当てじっと見つめるアンジェロ。
そんな彼と鏡越しに目が合った。
ドキリッ
光はただ見てるだけだと思ったアンジェロの目を見てハッとした。
アンジェロがおもむろに湿った舌を口許からのぞかせてゆっくりと下唇を舐めすくめた。それはまるで岩陰から獲物を見つめるヘビのようで光は身体をゾクゾクと震わせ脚を内側に寄せた。
そんな彼の様子に目敏く気づいたアンジェロが近づいてくる。
「ん? どうしたの光」
背後から抱きしめて光の状態を確かめる。アンジェロにとっては状態確認のようなそれに光は狙われたカエルのような気分で緊張の糸を張り詰めた。
固まった光の身体、その白く艶めかしい裸体に手を這わせる。すべすべとした触り心地、しかし少し湿って感じるのは首にアンジェロの息がかかっているからだろうか。
首元は顕になり、美味しそうな血管が浮かんでいる。アンジェロは首の根元からあごに続くラインを舌で味見をするようにれろりと舐め上げた。しょっぱいはずのそれは甘く官能的で彼の庇護欲を誘った。
「アン、ジェロ……」
「ああ、ごめんね。これじゃあ着替えられないね」
光の手からシャツを受け取ると有無を言わさず着がえさせる。光が抵抗しないのをいいことに下からボタンが閉めていき、あっという間に着せ替えが完了した。
二人は揃って試着室から出ると、会計を済ませる。アンジェロは何も言わずついてくる光を振り返り、下から上へと確認して思う。
やっぱり蛇苺みたいだ。
黒のロングコートの下に見えた緑のペイズリー柄が二人の異質な関係を物語っていた。
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