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第9話
コーヒーの香りは苦手だ。煎った豆の深みに落ちるような香り、嗅いだら落ち着かなくなるのを平静を装って通り過ぎる。それでもあの日は通り過ぎるどころか口内を犯してはぐちゅぐちゅに溶かしていった。砂糖の大量投入で緩和されていたのだろうか、いや違うなただ単に彼の香りと混ざり合って僕の意識を浮上させたのだ。
キッチンカーで飲み物を買ってくると駆けて行った景人を待ちながらそんなことを思い出していた光。ダウンのポッケに両手を突っ込みながらすんっと鼻を上に向かせ冷たい空気を吸い込んだ。あんまり感覚がないけど、きっと真っ赤なお鼻のトナカイさんみたくなっていることであろう。そういえばクリスマスが近いな、一見冷たい壁とガラスでできた建物の中で鮮やかなカラーが店をにぎわせていた。
暖かで明るい照明の下で、大人に手をつながれた子供が手を伸ばす。その先には真っ赤なマフラーが垂れ下がっていた。質のいいコートを着たその子は自身のしている寒色のマフラーが気に入らないらしい。
あれがいい、あれを取って
そうせがむ子に大人は機関車のおもちゃを握らせる。
そうじゃないんだ、そうじゃないんだよ
欲しくて、自分で選んで握ろうと伸ばした手に当たる感触まで記憶するから。するりと落ちたそれを忘れられずにいるんだ。離れていったそれは店員の手から子供に渡される。泣きわめいたわけでもない、駄々をこねたわけでもない。ただ、小さな訴えに気づいたバーガンディー色の袖口が子供の横顔を隠しただけ。再び見えた頃には天使のような笑みがそこにあったのだった。
「おまたせ、ホットコーヒーが人気で切らしてるみたいだったからホットミルクにしてみたよ」
顔横にカップを当てエンジェルスマイルで可愛いこぶる景人に光は豆乳であれ、と願うのだった。
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