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第12話

「大変な目にあったねー」 「他人事だな」 「だって他人事だもん」  至極当然のようにホットミルクの入ったカップを傾けながら言ってのける光に、お前のために話してやったんだろと思う景人である。 「で、そのときのパーティーの主催者とスタイリストになってから何度か仕事させてもらったから紹介してあげようと思ったんだけど?」 「えっ! それを早く言ってよ景人さーん、いや景人さま」 「お前って春の苺のように変わり身はえーな」  景人がなんか言ってる。 「え、なんで僕がいちごミルク好きだって知ってるの?」 「豆乳で割るの?」 「それは牛乳がいいな」  景人と出会って10年、適当な会話をしてても成り立つこの関係が光にとってはお兄ちゃんとふざけ合ってるような感覚になって心地よかった。  (僕にお兄ちゃんがいたらこんな感じだったのかな)  一人っ子の自分には縁のない話で、想像することでしか寂しさを紛らわせられない。子供の頃からそうだった。  (おっと、いけないまた感慨にふけるとこだった)  気を取り直してとりあえずその景人の知り合いにアポを取ってもらうことにしたので、この日の捜索は終わった。  せっかくだから美味しいものでも食べてNYを満喫しようと光は夜の予定を立てるのだった。 「やって来ました天ぷらBAR!」  じゃじゃんと効果音付きで光が張り切って連れてきたのはまさかの天ぷらBAR。その名のとおり天ぷらを食べながらお酒を飲む場所。  どこに連れて行かれるのかと思ったら、なんか変な店に連れてこられて困惑気味の景人をよそにぐんぐん進んでいく光。店の扉を開けて中に入ると、そこは暗めの照明の下でなにやら朱色のネオンが光り、音楽に合わせて体を揺らすニューヨーカーたちの姿があった。 「ここで好きな天ぷら頼むんだね」  バーカウンターの横にショーケースに並ぶ食材、それらを注文すると店員さんが揚げてくれるシステムらしい。  二人はそれぞれ好きな食材を選び、揚げ上がるのを待っていた。 「ごめん、ちょっと俺トイレ」 「はいはーい」 「俺の分も受け取っといて」  そう言って急ぎ足でトイレへ向かう景人。  (なんだ? 腹痛か?) 「はいいっちょ揚がり!」  威勢の良い声とともに揚げ上がった天ぷら。陶器の皿に油を吸い込ませる紙が敷かれ、もりもりに盛られたそれを見て光は呟く。 「あれ? こんなに頼んだっけ」 「サービスだよ」  店主らしき人物が一言、ウィンク付きで景人の分も差し出してくれた。  NYに来てこんなに天ぷらを食べることになるとは、驚きながらも素直に感謝をし受け取った。  天ぷらには天つゆが欲しい光は用意されていたポットから皿に天つゆを注ぐと、天ぷらがもりもりに盛られた二つの皿と天つゆ皿を持ってテーブル席へ移動しようとした。そのとき  ドンッ  何かにぶつかった。天つゆ皿を持った光の手が揺れ、天つゆに現れた大波が皿の防波堤に向かって打ちつける。その衝撃で飛沫が跳ね上がると、それは光側ではなく向こう側へ。その瞬間、光の頭の上から怒声が聞こえた。 「おい! なにしてくれる!! 服がびしょびしょじゃねぇか!!」  190cmはあるであろう大男が目の前に立っていた。しかも、服を天つゆまみれにして。 「ご、ごめんなさい! 弁償しますのでっ」  これはマズいと必死に謝る光であったが、男は凄い剣幕でいまにも殴りかかってきそうな勢いで光を怒鳴りつける。 「弁償で済むかよ! これ限定ものなんだぞ!! どうしてくれるんだ、もう手に入らねぇんだよ!!」  男の怒りは収まらないようだ。光はおろおろととりあえず頭を下げるしかない。するとりんご飴のようにパリッとした甘さとシャキシャキとした硬さのある声で話しかけてくる人物がいた。 「それ、僕んとこの商品だね」 「え?」 「あ?」  光と大男は同時に反応する。 「10年前のコレクションに出したハイネックデザインのパーカー、まだ着てくれてる人がいるなんて嬉しいよ」 「あ、え、これあんたがデザインしたのか??」  男は図体からは想像しがたいつぶらな瞳をぱちくりさせ質問する。光はこのとき初めて大男の顔を見た。どんどんと表情が変わっていく。怒りはどこへやら憧れのデザイナーを前に興奮した様子で捲し立てる。 「俺このブランド大好きで、10年前に出会ってからずっと着ててこの服もバイトして必死に貯めた金で買ってお気に入りだったんです! なのに、なのに汚れちまって……」  そこまで言って大男はどんどん気落ちしたようにトーンを落としていく。光はそんなに大事な服だったのか、といたたまれなくなった。 「そうか、そんなに愛してくれてるんだね。良かったら来春の新作を君にプレゼントさせてくれないかな?」  突然の提案に大男も光も驚きと嬉しさのあまり飛び跳ねる。気がつけば二人は抱き合っていた。  その後、新作のパーカーと春物のコートを受け取った大男は上機嫌で店を後にしたのだった。

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