3 / 19
第3話
オランダのバーで盛り上がりを見せていたステージ。グランドピアノが1台、古びた椅子に座り弾き語りを始める。低い声、時折魅せる擦れた革靴のような感情の表れ方に優我は目を、いや耳を奪われた。一瞬だった、彼の表現力に惹かれて気がつけば閉店間際まで居座っていた。
彼の指が鍵盤に口づけた最後の瞬間、優我はバーカウンターの席から立ち上がり一直線に彼のもとへと向かう。着いた先でつま先を踏み込み、その手を取った。
「うちのメンバーになってください!」
必死だった。どうにか彼を留まらせたい。今にも飛び立ってしまいそうな幸運の鳩に少しだけあなたの時間が欲しいと頼み込む。
そんな優我の必死さに目を細め、鳩は辺りをクチナシへと変えたのであった。
「いいよ、じゃあ俺の恋人になってよ」
そんなこんなでグループへと加入した瑞帆、彼から出された条件を飲むことに優我は戸惑いはなかった。しかし、メンバーや事務所と共有したこのあらましを、もうひとり伝えなければいけない存在がいた。脳内をちらつくその存在に優我は頭を悩ませているのだった。
歌番組の出番を終え、帰り道の車内で優我は悶々とする。どうやって伝えるべきか、そもそも伝えるべきなのか……分からずにいたのである。
そんな優我の様子を斜め後ろの席から薄くも鋭い目線でうかがい見て、車窓へと流れをつくる瑞帆がいた。
「お疲れ様でしたー」
マンションの地下駐車場に停まった移動者を降り、優我は部屋のある階をエレベーターで目指す。
閉鎖的な箱を降り、まっすぐ進んで3つ目の扉の前に立った。鍵を取り出そうとキーケースをバッグの中で探る。いつものことなのにもたつくのも優我にとってはいつものことである。
鍵を見つけ、鍵穴に差し込む。ガチャンと必要以上に大きな音を立てるのは防犯対策なのだと不動産屋さんに言われたことを思い出しながらドアノブを捻る優我。
ドアを開け、中に入って気づく見覚えのあるスニーカー。派手な配色のバイカラーのそれはすこしだけ汚れていた。そろそろ洗わないとな、なんて思いながら優我は部屋へと続く廊下を進む。
リビングのドアを開けたそのとき、優我の腕をぐいっと捕む日に焼けたたこだらけの手。中へと勢いよく引き込むそれに抗うことなどできず、ドアに少し肩がぶつかった。衝撃でガタンと揺れる木枠にチッと舌を鳴らして苛立ちをあらわにする人物。
肩まで伸びたピンクローズの髪の下で鋭い眼光を優我に向ける男。帰ってきて早々この男に引き寄せられその腕に痛いほど抱き締められる優我。男の日に焼けた肌から熱を感じ、ああ、今日は疲れているから早く寝かせて欲しいのに……と窓の外に浮かぶ月を見ながら優我はそんなこと言っても通用しないものだと悟るのだった。
ともだちにシェアしよう!

