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14. 生まれし新たな使徒

デステニ神殿までの道のり、それは果てしなく気まずい道のりだった。 あの日、ダグラナが目覚めると隣には上半身裸のノーラッドがすやすやと寝息をたてていた。 頭がまだ覚醒しきっておらず、状況がのみ込めない。どうして自分はベッドの上で、なおかつ裸で、なおかつノーラッドの隣で寝ていたのか。まっっったくもって答えが想像できなかった。だんだんと頭が冴えてきて、思い出す昨日の思い出。とたんに顔が火照る。 「あ~ら、お目覚め? ダグラナ」 「リ、リリマ……っ」 「ふふふ~~~その様子じゃ思い出したようね。…あなた昨日凄かったわよ~? よくノーラッドが我慢できたもんだわ」 「う~っ、お願いだからもう言わないでぇ~…」 自分の身体にかけてあった布団に顔を埋めながらも、耳まで赤くなっているのはリリマにはバレバレだ。 身体、大丈夫? うん、平気…というやり取りをしながらリリマはテーブルセットに置いてあった木製のコップに水を作り出して入れ、それをダグラナに渡す。 「まぁ…でも仕方ないわ。だって、あなたΩ(オメガ)だもの」 「………、っ」 「しかも最近に発情期が始まったばかりで、近くにはα(アルファ)がいる。これからも旅を続けるのならと思うから慣れることね。諦めなさいな」 「………そう、だよね…。……………っていうかリリマ、その口調だともしかして…昨日、その…っ」 「え? あぁ、見させて頂いたわよ? 何言ってるの、当たり前じゃない。α(アルファ)Ω(オメガ)を2人きりになんてできないわ」 さも当然、のようなリリマの口振りに、少しなれど恥ずかしいという感情を抱いたダグラナだったが、それもこれからは捨てなければならない。だがそれでもダグラナは自分の生まれを恨んだりはしない。実父、そして実母の幼い頃の教えが、身に染みているから。 「さぁっ、今日でデステニ神殿まで生きましょう! 予定よりはるかに遅れているわ………ダグラナ、今日覚悟した方がいいわよ。相当歩くと思うわ」 「ええっ……前よりも歩くの~?」 「嫌ならノーラッドに交渉してみることね」 まぁ、無理だと思うけどね、という言葉を残し、リリマは部屋を出ていく。 部屋に残されたダグラナは、とりあえずスヤスヤと寝息を立てているノーラッドの寝ているベッドから抜け出し、部屋にとっちらかっている自分の服を集め始めた。 ダグラナが魔力が覚醒した時の状況から、恐らく自然や緑に関する魔力だろう、ということで数あるデステニ神殿の中の、[深緑の宮]に向かうことになった一行。 途中でダグラナの魔力が強くなっているのが目に見えて分かるほどに、ダグラナは使徒として成長していった。 「……着いたな、ここだ」 「…っへ」 突如として現れたのは、昔話に出てくるような巨大な神殿。目に見えるほとんどが大理石で造られたそれは、見上げる程に大きかった。 円柱には様々な植物のツタが絡まり、上部ではキレイに花を綻ばせていた。 「入るぞ」 「キャ~っ、ここに入るの久しぶりだわ~~」 リリマが興奮して先に中へ入ってしまった、その瞬間。 「っ?! リリマ……?!」 リリマの姿が消えた__________。 そして代わりに現れたのは、薄い水色の肌に髪、黄金(こがね)の瞳を持った宙に浮く妖精だった。 「____汝、我等が[深緑の宮]への入殿を欲するか」 「…っな」 「黙っていろ、そちに聞いたのではない」 見た印象は、リリマに似たようなものだった。だがリリマとの相違点といえば、その高い頭身だろうか。リリマはノーラッドの肩に乗ってしまう程だが、いま目の前にいるこの妖精は、ノーラッドより背は低そうなものの、宙に浮いているので視線は上だ。 ノーラッドが答えようとしても、それは遮られてしまう。恐らく………いや、この妖精は、自分に問いかけているのだろう。そう判断したまでは良いのだが、この瞳孔のない全てが黄金(こがね)の瞳に見つめらると、どうも足がすくんだ。 「……っえ、と」 「どうなのだ、早く答えぬか」 焦って口が回らないダグラナをよそに、変わらぬ表情と口調で催促してくる妖精。 「!」 困り果て、じっとり見つめられる緊張がダグラナの極限に達した、その瞬間。 思わずよろめいてしまうような強い風が吹いたかと思えば、円柱に絡まってたツタが一瞬にして枯れてしまった。 「……っ!!」 それは、ダグラナが魔力を覚醒させた時を彷彿とさせ、ダグラナは一気に青ざめた。 それに、自分の意思とは無関係とはいえ、勝手にこんなことをしてしまえば、一体何を言われるか。 「それが答えか…………よかろう、ついてこい」 しかし、水色の妖精から返ってきたのは、ダグラナからしてみればあまりに拍子抜けたものだった。 「我が名はルゾラ。この神殿の(ぬし)、アリエステーリャ様の侍女だ」 内部を案内される道すがら、妖精の方が名乗ったので、ダグラナも口を開こうとすると… 「アリエステーリャ……? っ…まさか」 「ようやく気付いたのか。…っふ、いつも我が愚妹(いもうと)が世話になっているな、ノーラッド・ガルネイド」 「……やっぱり……」 どうやら初対面ではないような2人の話に全くついていけないダグラナだったが、すぐにそれが打開されることになる。 「遅くなりました。新たな使徒を、お連れいたしました……我が母よ」 歩いてきた通路を抜けた先には大きな大きな大広間。その更に奥に、誰かがいる。 霧のようなものがかかってよく見えないが、少し見えたのはどうやら足元のようで。その大きさから考えるに、いったいどんな巨人が鎮座しているのかと身構えたダグラナだったが、それはすぐに驚きに変わった。 「あら、遅かったじゃないのお2人さん」 霧の先から、聞き覚えのある声。そしてその声を皮切りに、霧がどんどんと晴れていく。 「その……声、リリマ?!」 霧が晴れた先、そこにいたのはリリマ…そしてドラゴンに勝るとも劣らない大きさの、神殿主(しんでんぬし)アリエステーリャだった。 再び、ルゾラが口を開く。 「改めて紹介しよう。知っての通り、あれが我が妹、リリアンマランナ」 あれ、と指差す先にはリリマの姿。もちろんダグラナは混乱する。 「リリアンマランナ………」 「リリマの本名だ。リリアンマランナ・ドグルニコイ」 補足でノーラッドが口を開く。そして更に続けるルゾラ。 「そしてあちらに座しておられるのが、我等の母にして偉大なる妖精族族長、そしてこのデステニ神殿[深緑の宮]の神殿主(しんでんぬし)であられる、アリエステーリャ・ドグルニコイ様だ」 もう呆然とするしかなかった。 つまり、リリマはただの水の妖精などではなく、数多(あまた)ある妖精族全ての(おさ)の娘、ということになる。 「……して、少年。名はなんと?」 アリエステーリャが肘おきに体重をかけ、深く座り直してダグラナに問いかける。 「…は、はいっ! え…、えと、ダグラナ・アリア・フェルナンと申します。デンドリスがフォルティスの生まれにございます」 「ふふっ、よいよい…そう固くなるな」 柔らかく微笑んだその瞳はやはり瞳孔のない全て黄金(こがね)の瞳で、それに見つめられると背中がゾクリとした。 「ではダグラナ・アリアよ。お前の望みは魔力の判別であったな。…広間の中央へ来なさい」 言われるがまま、大広間の中央、楕円形が描かれている所まで歩みを進める。 大きな身体を揺らし、アリエステーリャが椅子から立ち上がり、大きな瞳を閉じた。椅子から立ち上がっただけでも、冷たい風がダグラナの頬を撫で、ダグラナは1つ身震いをする。 「…母なる大地を護りし我等が全生命の母よ、これより新たな大陸を守護せし戦士、<使徒>を選定致す。しかとお見受けられよ」 カッとアリエステーリャが瞳を開く。 この次、本来ならば選定されるダグラナが、アリエステーリャの手から発せられる光によって包まれ、判定を受けるのが常であった。 しかし、瞳を開いたアリエステーリャが見たのは、自ら発する光に包まれたダグラナの姿だった。 類を見ないことに、思わず一瞬顔をしかめ、だがその次の瞬間にはすぐに普段通りを装った。 「…っ、〈全能〉(スプリーム)。ダグラナ・アリア・フェルナンを、〈全能〉(スプリーム)の使徒と認定する!!!」

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