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15.使徒

「…っ?!」 〈全能〉(スプリーム)。 この大陸に住むものなら、1度は耳にしたことがあるであろう魔力の名前。 その名の通り、この世界に存在する全てを操ることが可能な魔力……使いようによっては、シェヴァンノ大陸を制圧することなど造作もない魔力(ちから)。 この事実に、1番動揺を隠せないでいたのはアリエステーリャだった。言い渡した直後は冷静を保っていられたものの、その冷静は段々と欠かれている。 「母上……」 アリエステーリャが動揺している、という事実に、娘二人もつられて動揺し始めている。だが、これでダグラナの使徒判定の儀が終わった訳ではない。 「ルゾラ、宿樹(イグジスト)の所へ連れ行っておやり。新しいのがあるはずだ」 「…かしこまりました」 来なさい、とルゾラに連れられ、ダグラナは広間の更に奥へと姿を消した。 完全にルゾラとダグラナの姿がなくなったのをリリマに確認させると、アリエステーリャは口を開いた。 「とんでもないものをつれてきてくれたな、ノーラッド」 「…申し訳ないが先程から話が見えない。なぜあなたはそんなに焦っている?」 話に追い付かない、とノーラッドが疑問の声を出す。 「ノーラッド……このシェヴァンノ随一の大帝国、ラーヴェンは知っているね?」 「…当たり前だ」 「私たち、今そこに向かっているのよ」 アリエステーリャの肩にいたリリマが、横から口を開く。 瞳を輝かせながら言うリリマ。だがアリエステーリャから返ってきた言葉は、リリマの想像とは真逆だった。 「悪いことは言わない、リリマ…ノーラッド、あの子をもといた村だか町だかに返してきな」 「…? なぜ」 「今は理由を言えない。だがあの子は、もしかしたら今までの秩序を……このシェヴァンノを大混乱に巻き込む可能性を大いに秘めている」 しばしの沈黙の後、再びアリエステーリャが口を開いた。 「…少し休ませてくれ…。お前たちもここに泊まっていくといい。どうせ今晩の泊まり先も決まっていないんだろう」 「うん……ありがとう、お母様」 「わ……すご…」 「ここは…ここで魔力を認定され、ここで使徒判定の儀を受けた者たちの宿樹(イグジスト)の集まる部屋だ」 広い部屋には背の高い棚が並んでおり、そこには等間隔で不思議な置物があった。壺であったり、木彫りの造形物であったり……はたまた小さな妖精をかたどったガラスまで。 「…、こ…れは……」 部屋のいちばん奥、半円形のスペースのひらけた所に1つだけ、ダグラナの腰ほどの高さの台がある。 その台は明らかに他の棚と違い、薄く青く光っている。 「これは新しき報せ(オリジン・シグナルズ)、我が母によって新しく魔力を判定された者の宿樹(イグジスト)が現れる台だ」 ルゾラの指先にあったのは、両手に乗ってしまうほどの大きさの鉢植え。その上には世界樹のようなものがふわふわと浮いていた。 「これがお前の魔力、〈全能〉(スプリーム)宿樹(イグジスト)だ。………っは、魔力があぁならこっちもこうってことか……」 ルゾラの言葉が最後まで聞き取れず、思わずダグラナが「え?」と聞き返すが、その問いにルゾラが答えることはなかった。 代わりに、ダグラナの宿樹(イグジスト)について説明を始める。 「お前のこれ…恐らくは世界樹だろうな。恐らくと言うより、確実にそうだろうな」 「せ、世界樹?! 世界樹って…あの……?」 ダグラナが驚くのも無理はない。なにせ今まで長年、使徒たちの宿樹(イグジスト)を見てきたルゾラでさえ、興奮と動揺を押さえきれないのだから。……努めて冷静そうにしているが。 世界樹とは、この世界を裏で支える大木のことである。それが自分の宿樹(イグジスト)となったのだ。世界樹は全ての生命、物理的なものの源となるもの。この木がなければ、そもそもこの世界自体が生まれていない。 ……ここまでダグラナについて判明しているのは、ダグラナがとんでもない魔力を有している、そしてその宿樹(イグジスト)もとんでもないものだ…ということのみ。 「ここからお前の宿樹(イグジスト)からお前自身に魔力を移す享受の儀(レシーブ)を行う。ついてこい」 「は、はい…」 ルゾラがダグラナの宿樹(イグジスト)の前で手をかざすと、それは淡い青の光で包まれ、鉢ごと宙に浮いた。ダグラナを半円形のスペース中央に立たせると、魔力選定時のように両の瞳を閉じた。 「宿樹(イグジスト)に宿りし、使徒を使徒たらしめる力の源よ…………我、今ここに願わん。器より()で、力を与えたもう…」 言い終わると同時に開かれた、瞳孔のない黄金(こがね)の瞳。淡い青の光で包まれていたはずの宿樹(イグジスト)はひとりでに宙に浮かんでいた。 世界樹を有するその鉢から、金の光があふれだす。それはそのままダグラナの体内に流れ込み、瞬く間に消えた。 「……っ、」 「?! ルゾラさん?!!」 光が消えたその瞬間、張り詰めた糸が切れたように、ルゾラがその場に倒れこんだ。 「……ははっ、覚悟はしていたがここまで削られるとは……流石に〈全能〉(スプリーム)だな…」 苦しそうに肩で息をするルゾラ。明らかに消耗していた。 とっさに駆け寄ったダグラナだが、さしのべた手を、ルゾラは払った。 「よせ、別に死ぬ訳じゃない。……それに、1つ覚えておけ。この両耳にあるピアス……これがダグラナ、お前の<自戒具>(アクセサリー)だ」 「…っえ?」 ルゾラが触れた先にあったのは、いつの間に現れたピアス。そこには透明に輝く大粒の水晶(クリスタル)が垂れていた。 「……っは、魔力も宿樹(イグジスト)も規格外なら<自戒具>(アクセサリー)も規格外なのか…。お前の<自戒具>(アクセサリー)は恐らく〈虹水晶〉(セブンス・クリスタル)だな。この世に2つとない稀有なものと聞く。……暴走させるんじゃないぞ」 そう言うとルゾラは自力で立ち上がる。 「悪いが母の所まで肩を貸してくれないか。お前の享受の儀(レシーブ)をしたせいでクタクタだ」 「は、はい!」 ダグラナ・アリア・フェルナン 16歳。 錆びついていた歯車が、音を立てて動き出した。

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