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16.三日月のもと

「今だイリザン、放て!!」 「…言、わ…れ、…なくともっ!!!」 声と共に、魔力で造り出された水の(しずく)が辺りを覆う。 「おいおいおいおい……、コイツらどんだけ数いんだよ……俺らだけじゃ無理だったんじゃねぇの、隊長……!!」 場所にしてラーヴェンより西に70km、鉱物の国、ベノーチェ。 ここに今、とんでもない数の採掘泥棒が出ているとの一報が入った。 ベノーチェは小国で、且つ今は経済的にも厳しい状況下にある。そんな中、野菜も穫れない、牧畜もできないベノーチェ唯一の取り柄である鉱物までもが盗まれ続けていた。 そこでベノーチェが最後の切り札、と頼ったのが先々代より友好国の調印を交わすラーヴェンだった。 女王ノエルはこの懇請を快諾、この事案の解決のためにベノーチェに向かわせたのは、ちょうど長期遠征から帰って来たばかりのチーム〈クレセント〉だった。 〈クレセント〉。 使徒なら誰もが少なくとも10回はその名を聞いたことがある程の超有名、そして実力部隊だ。 隊長のリア・ロフナーを筆頭に、みなG級の使徒である少数精鋭部隊。 特に隊長のリア・ロフナーは武闘場(プロム)で行われる使徒個人戦において長い間、他の追随を許さないトップ独走状態にある。 彼女の一族、それも直系女児にのみ受け継がれる伝統の魔力〈妃陽〉(クイーン・サン)を駆使し、類い稀なる戦闘能力を持っていた。 彼女の母もまた、女ながらに全使徒の頂点に君臨していた<騎士王>(ザ・ナイト)であった。 「隊長!!!」 〈水牙〉(アクエリアス)の使徒、イリザン・マーロがリアを振り返る。 今の〈クレセント〉の心の内、それは恐らく皆同じだ。 「数が……多すぎる。……コイツら、いったい……」 〈暗黒〉(ディスペア)の使徒、シュジュラ・ミラードウィッチは博識で常に冷静であることで名を馳せている。 ______シュジュラの知らぬものはシェヴァンノのものではない……という言葉もあるほどには、彼の頭脳はシェヴァンノの全てを記憶していた。 当初、〈クレセント〉直属の上司にあたる女王ノエルから渡された依頼書には、該当する盗賊は殺さずにみな連れて帰れ、という内容が記されてあった。 だがいざ現場へ行けばどうだ、そこにいたのは人間の敵ではなく、他の種族。……それも彼ら〈クレセント〉が1度も目にしたことのないような。 シェヴァンノには数多(あまた)の種族が存在する。 だが皆がみな、他種族と共存し、共栄するようなものではない。中には多くの種族から忌み嫌われる種族もある。 いくら倒せど湧いて出てくるような敵を目の当たりにし、〈クレセント〉隊長であるリアが最初に出した指示は「掃討」。 しかし、数の暴力とはよく言ったものだが、そんな表現すら生温いような敵の多さに、使徒チーム戦トップにある彼らも相当苦戦を強いられていた。 「死の光(デッド・サン)」 陣形の後方にいたリアが魔力を発動する。瞬時にしてリア達を囲んでいた敵がリアの力によって燃え、散り散りになった。 チームの士気も決していいとはいえないこの状況、リアが下した決断はこうだった。 「撤退だ。お前達、先に行け」 女王からの依頼、そして〈クレセント〉の名誉と信用をとるか、それともチーム全員の命をとるか。そんなもの、リアにとってみれば天秤にかけるまでもなかった。 撤退……それが今の状況で下せる最善の決断だと、彼女は理解していた。 「リア?!」 「隊長! なんでだよ、俺たちまだ…」 〈クレセント〉が、依頼を途中放棄し、撤退した事など、それこそまだ〈クレセント〉が使徒チーム戦で下位にいた頃の話。それも数えるられるほど。 もちろん、メンバーからは驚きと反対の声が上がる。……だが説明している時間など、ない。 「聞こえなかったのか! 撤退だと言ったんだ、早く行け!!!!」 「リア!!!」 「よせポーラ、行くぞ」 リアと1番付き合いの長い彼女、〈自然〉(プロビデンス)の使徒であるポーラ・ガイルドがリアの肩を掴み、私の話を聞け、と食いつくが、それを止めたのは〈想像〉(イマジネーション)の使徒、オルゴー・セノア・ルイ。 無理やりにポーラを引っ張ってその場を離脱する。 「すまんな、オルゴー。私も(じき)に行く。だがお前らは私を待たずに出来るだけここを離れろ。これは頼んでいるのではない、隊長命令だ」 「……っ、わかった」 「イリザン、頼んだぞ」 リアがイリザンを見れば、なぜ自分たちだけが撤退なのか、と不満は残る顔つきのものの、言ったことは聞きいれたようだった。 「聖戦…………か」 最後の1人がこの場を離れたのを確認すると、リアは1人呟き、単身、敵の中に突っ込んでいった。

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