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8. 水の妖精
「……わぁ、もうこんなに来たんだ……」
「うふふ。村からこんなに出たことないでしょう、ダグラナ」
朝日が柔く、道行く3人を照らす。
村を出たのが早かったのでまだそこまで気温は高くなっていないのだろう。心地よい風が頬をかすめる。ダグラナがふと峠を見下ろせば麓に小さな集落が確認できる。フォルティスだ。
「うん。……なんだか不思議な気分だよ」
悲しさだったり、寂しさと言った負の感情はダグラナの中にはなかった。
ノーラッドとリリマの2人がいるから。
きっと、大丈夫。
ダグラナの心にはそんな根拠のない安心があった。
すると、先に道行くノーラッドから後ろに続くダグラナに声がかかる。
「お前、持ってきたのはそれだけか」
「……え? うん。何で?」
「いや、……何でもない」
今のダグラナの恰好はそれは軽装備だった。
ほぼふだん着ているものに少し上質なマントをはおい、腰にはダグラナの家に代々伝わる剣。それに皮のブーツと言ったところだった。多少の食糧や飲料水はあるが腰の剣以外に身を守るものは何1つない。
だがそのダグラナの剣もノーラッドが腰に下げているものと比べれば貧相なものだった。
ノーラッドの剣は柄のほかに鞘にも所々装飾が施され、見るからに平民のダグラナではそう簡単に手に入れられる物ではないという事だけは分かっていた。
「大丈夫よ~フフ。何かあっても必ずノーラッドが守ってくれるわ。……そ・れ・に、私もいるしね?」
「あ、そっか。なら安心だね!!」
和気あいあいとした会話を背に、ノーラッドは歩みを止めることなくドンドン進んでいく。そして、一言。
「おい、はやくしないか。日が昇っちまうだろうが」
「ご、ごめんなさい」
「もぉ~だからノーラッドってば、もう少し優しく!!」
とやかく言いつつ、少し歩みを速めた2人だった。
少し峠を越えた先に続くのはひたすらに森だった。時刻は今頃、村のみなが朝食を終え、それぞれの仕事にとりかかる……といったところだろうか。
木々の間を歩けば様々なものに目が留まる。村周辺では見た事のない小鳥や木の実、愛らしい姿をした小動物も。
ビチャッ 「うわっ」
足元が濡れる。
地面を見れば水たまりができている。どうやら少し前にこの辺りでは雨が降ったようだ。道の先を見れば大小様々ないくつもの水たまりができている
するとそれを見たリリマが呟く。
「…ちょうどいいかもね」
「っえ?」
「ノーラッド! ちょっと待ってちょうだいな!! ダグラナにあれを見せるわ!」
「今じゃなくてもいいだろう」
「いいから!」
「…早くしろ」
何のことかわからずポカンとするダグラナをよそにリリマが喜々とした表情で言う。
「いい? ダグラナ。私が今から少し特別なことを見せてあげる。あの3つ先の水たまりをみていて。いいわね?」
「…っえ? うん。わかった」
じゃね~とダグラナにひらひらと手を振りながらリリマがダグラナが足を濡らした水たまりに消えていく。
それをみたダグラナは当然、混乱する。何せ、深さなんてありもしない小さな水たまりにいくら妖精で身体が小さいとはいえ人型が1人そこに吸い込まれるようにして消えたのだから。
「え!? リ、リリマ!!?」
だが言われたように3つ先の水たまりに目をやる。
するとびっくり。なんとそこから、その水たまりからリリマが現れた。さらに混乱するダグラナ。
「ふっふっふ…。私は水の妖精、その名はリリマ!! これくらい朝飯前よ!!」
「…ちゃんと説明してやれ、リリマ。ダグラナは意味が分かっていない」
「あら! ごめんなさいね、ダグラナ。私は水の妖精なの。水が少しでもある所だったらその中に入り込んでゲートを作ってね、別の水のある所まで行くことができるの!! ノーラッドやダグラナ、あなたをつれて行くことも可能よ」
ダグラナにとってみればそんなチート能力、驚きの一言でしかなかった。
とりあえず理屈は理解したものの、やはりどうしても納得がいかない。だがこの世界には魔力を持った使徒と呼ばれるものたちが存在するのだ。これくらい、当然と言えば当然なのかもしれない。
「も、もう1回みせて?」
ダグラナがリリマに頼むとリリマは顔を輝かせすぐそこにあった水たまりにヒュッと吸い込まれるようにして消える。…かと思えばまたすぐに別の水たまりから姿を現す。それから何回も何回もリリマは水たまりへと姿を消し、その度に別の水たまりから姿を見せる。
「はぁ…やっぱり凄いねぇ~。人間とはやっぱり訳が違うね」
「もっと褒めてくれてもよくってよ?」
ダグラナに褒められすっかりいい気分になったリリマは更に言おうとする……が。
「じゃ、とっておきをみせてあげ……」
「いい加減にしろ。とっておきをそんなすぐ見せてしまってはとっておきではなくなるだろう。…もう行くぞ」
宙に浮かぶリリマを背後からノーラッドが掴み、少しドスをきかせた声で遮る。
「俺は日が落ちる前にデンドリスの国境まで行きたいんだ。頼むからさっさと歩いてくれ」
「…ちぇ、ごめんなさぁ~い」
水の妖精、リリマ。
どうやらただ者ではないようである。
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