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9. 訪れの匂い
どれだけ歩いただろか。
太陽が完全に昇った頃、1つの街についた。フォルティスよりも断然大きい、活気溢れる楽しそうな所だった。
「ここでダグラナ、お前の飛び道具を買う」
「えっ、なんで」
「足……もう辛いだろう」
視線を足元に落とし、そう呟くノーラッドに少しばかり感心するダグラナ。
確かに、いくら山あいの村に住んでいたとはいえ、こんな距離を歩いたのは人生で初のこと。
正直、ダグラナは足が痛くて痛くて仕方がなかった。だが連れてきてもらった身でそんなことをノーラッドに言えるはずもなく、少しペースを落としてもらってなんとか歩いてきたのだった。
飛び道具…とはいわば旅人の交通手段のようなもの。ノーラッドのように歩いて旅をする者もいるが、ほとんどは飛び道具を買ってそれで旅をするのである。
飛び道具は様々な種類がある。
馬や大きな鳥…名のある使徒だとドラゴンやペガサスといった伝説と謳われる聖獣を飛び道具とし、共に旅をしている場合もある。ここ、活気の満ちた街アールイーラのような所なら、どこにでもそれを買える店がある。
「あそこに専門店がある。…見ていくか?」
長い旅を共にする飛び道具。なつけばまたとない絆を育み、一生のパートナーにもなるという。
「ノーラッドは? ノーラッドの飛び道具は? リリマなの?」
「………俺のパートナーはリリマじゃない。故郷に、置いてきた」
ふ、と視線をあげ遥か彼方を見つめるノーラッド。リリマはただたんに一緒に旅を続ける仲間なのだろうか。その瞳には薄く悲しみの色が広がっていた。
「……うん、みる。…みたい」
「分かった。俺は外にいる店主と話をしてる。決めたら呼びにこい」
「ダグラナ、一生モノの買い物よ! よぉ~く、考えてね!」
リリマが強く念を押す。
店の前でノーラッドは店主の元へ、ダグラナは店へと足を踏み入れた。
カラカラ…とかわいた鈴の音を響かせ、木製のズッシリとした扉を開ける。そこには店の外見からは想像もできないほど大きくて、広くて、天井の高い店内が広がっていた。至るところに大型の鳥や羽のはえた馬、美しい毛並みを持つ獣の姿があった。
初めてきたこの場所のインパクトの大きさに、ダグラナはただただ圧倒されるばかり、開いた口が塞がらなかった。
「さすがアールイーラだな、ドラゴンの幼体もいんのか」
そこへやってきたのはノーラッドとリリマ、そしてこの店の店主。どうやら話を終えて店内へと戻ってきたようだ。店の奥へと、ふらふらと歩きだすノーラッド。気のせいかもしれないが、獣に囲まれたノーラッドは、少しばかりか機嫌がいいようにみえる。
リリマはリリマで既に店内を詮索し始めていた。
「どうだい、気に入った飛び道具は見つかった?」
突然、ダグラナの肩に手をかけ話しかけてきたのは店主。その問いに、うまく返事ができないダグラナ。
…気に入った? こんなにいるのに決められない…、というのが正直なところのダグラナの心境なのだが、それを悟ってか、店主が話を続ける。
「あぁ、すまないね…良いんだ、ゆっくと自分の気に入る子を見つけておくれ」
「は、はい……すみません」
「…ガルネイドにね、話を聞いたんだ。…君、これが初めての旅なんだって? だとしたら尚更だ。尚更、慎重に自分のパートナーを見つけるんだ。…どうも最近はすぐに飛び道具を変えてしまう旅人が多くてね……」
見捨てられた飛び道具たちの末路がわかるかい? と訊ねる店主に首を横にふるダグラナ。
「主人に見放された飛び道具たちは野生にかえるんだ。だがその状態まで人の手で育てられた飛び道具ちはそう簡単に完全な野生には戻れない。良くて飢えて死ぬか……
…悪ければ、心が暴走する。
暴走した飛び道具たちは人間に対して強い憎悪を抱いているケースが多い。暴走した飛び道具たちは人の手で、殺されてしまうんだ」
だから、と続けようとする店主。それを見たダグラナは、無意識のうちに口が開いていた。
「だから、そうさせないために。自分に合ったパートナーをしっかりと見極めなくてはいけない」
「…うん。そう、その通りだ。それがわかっているのならどんな子を選んでも大丈夫さ」
そう言うと店主は店の奥にいるノーラッドの元へと行ってしまった。
もう少し中を見るか…と、ダグラナも足を進めかけた、その時。
コツリ
ダグラナの足に、白いなにかが当たる。反射的にそれを拾い上げると、パキパキッ…と音を立てて割れ始める。
「……っえ、えぇっ……?」
混乱するダグラナをよそに、白いそれはどんどん割れていき、とうとう殻のようなものがポトリ…床に落ちた。
ダグラナの様子に気付いたノーラッドたちがダグラナの元へと駆け寄ってくる。
「あ、これもしかして………たまご?」
ダグラナの足元に転がってきたもの……それはドラゴンのたまごだった。パキパキと割れていき、その黒い身体が姿をあらわす。それを見た店主が驚く。
「…こ、れは……っ!!」
その反応に、ノーラッドもどうやら気付いたらようで。ダグラナに一言。
「ダグラナ…そいつ、黒血歌竜 だ」
「……っえ」
黒血歌竜 。
最近発見された新種のドラゴンで、しなやかて大きな身体は全身、血の混ざったような黒の鱗で覆われている。…かと思いきや月夜に照らされると虹色に輝き出すと言うから不思議だ。
満月の夜に、透き通るような美しい声で鳴くためこの名がついた。その声は聞いた者を虜にし、死を誘うという。
……わかっているのはそれだけ。まだまだ謎に包まれた未知のドラゴンである。
「…一応聞いておく。なんで黒血歌竜 のたまごがこんなところにある?」
ノーラッドか疑いの眼差しを向ける。
帝国議会で定められた大陸全土に共通する掟、その内の1つに、ドラゴンのたまごは人の手によって育てるべからず…というものがある。もちろん、無断でたまごをとるのも禁止されている。
「…ち、違う! 違うんだガルネイド!! 知らなかったんだ!!! 頼むから話を聞いてくれっ!」
両手をわたわたと降って否定する店主。
「こ…これは拾ったんだ。この前、コイツらのエサをとりに森に出掛けたときだ。大樹の根本にこいつが落ちていたんだ。黒血歌竜 のたまごなんて見たことなかったからその時はまさかドラゴンのたまごだなんて思いもしなかったんだよ。
頼むから信じてくれ………! 本当なんだ!!」
ダグラナの手の中で、それはそれは綺麗な声で鳴き続けるドラゴンの幼体。
店主の慌てぶりを見れば一目瞭然、今の話は事実なのだろう。
「な…、なんならそいつをタダで譲ろう!! 君、その子をパートナーにするといい!!」
突如返ってきたあまりに予想外の答え。
そんなに希少価値の高いドラゴンの幼体をタダで…しかも自分が、このドラゴンを、飛び道具に。
急展開に、えっ…えっ…と小さく慌てるダグラナだが、ノーラッドの答えはあまりに質素だった。
「あ、そ。んじゃもらうわ」
「ノーラッド!! こ、こんな凄そうなドラゴンもらえないよ!! 僕なんかよりもっとふさわしい人が…!!」
慌ててノーラッドを引き留めるダグラナ。だが逆にノーラッドにさとされる。
「見ろ。この黒血歌竜 、もうお前になついてやがる。…この種に限らずドラゴンっちゅうのはなかなか人になつかねぇんだよ。それがこんな一瞬で」
そこへリリマがタイミングよくやってきて、説明をつけたす。
「つ・ま・り、ね! この赤ちゃん、ダグラナのことお母さんって思ってるってこと!!!」
「………………………っへ!!!」
史上最高に変な声が出た自信がある、とダグラナ。
そういえば、と過去の記憶を辿る。いつだったか、フォルティスの村の誰かが「ドラゴンは最初に見たものを親と思い込む習性がある種がいる」と言っていたのを思い出す。
「これ、研究機関にきちんとした報告書まとめて提出したら謝恩で大金もらえたりしねぇかな…。黒血歌竜 新発見、たまごから孵って最初に見たものを親と思い込む……って内容で」
悪くないわ、と呑気に返すリリマ。
2人にとっては、こんなこと割りと結構どうでもいいらしい。後から聞けば、「タダでもらえるに越したことねーだろ」らしい。
「…あ、の。じゃあお言葉に甘えて……」
折れたダグラナが店主に向かってそう返事をすると瞬間、パァッと輝く表情。
「良かった。あなたなら大丈夫です。きっと……そんな気がします!」
こうして決まったダグラナのパートナー、飛び道具。黒血歌竜 。
「名前、決めないとね!!」
と言うリリマになんだかダグラナの心はやっと落ち着いたのだった。
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