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11. 魅惑の香り

それは、あまりに突然やってきた。 「ダグラナ? ちょっとダグラナ!! 大丈夫?!」 朝、ダグラナはリリマの焦りと不安がにじんだ声で目を覚ます。 覚醒し、あたりを見回せばそこにはノーラッドの姿はない。リリマを見上げれば返ってくる答え。 「ダグラナ、あなたは今発情期なの。ここにノーラッドがいたらアナタを襲ってしまうわ。私が遠くにやったのよ」 今までに感じたことのない身体の熱さだった。 身体が熱い。それと同時に、身体の奥深くで疼き、暴れまわる欲の塊。 息は荒く、起きたばかりだというのにまるで全力で動き回った後のよう。 誰か………助けて…。 ノーラッドが異変に気付いたのは朝早く、まだ日が昇って間もない頃だった。 デンドリスのアールイーラを出た一行は、デンドリスから1番近いデステニ神殿[深緑の宮]へと足を向けていた。丸1日森を歩き続け、少し開けた所で今夜は……という流れになっていた。 歩き続けた疲れからか、ダグラナは毛布を広げるとすぐに眠りについた。傍では黒血歌竜(ブラッディ・アリア)も安心しきった表情で眠っている。 翌朝、心なしか、ダグラナの顔が赤いような気がした。 眠っているせいかもしれない、と伸ばしかけた腕をひっこめ、再び毛布にくるまり寝返りをうつ。 頭上ではリリマがすやすやと心地よい寝息を立てている。……昨晩、眠った時は確かこんなかっこうをしていなかったはずなのだが。リリマの寝相の悪さにはいつも驚かされる。 「…っん」 「!!」 ダグラナが息を吐いて寝返りを打つ。 その時のダグラナの表情を見て、ノーラッドの本能が叫んだ。       < Ω(オメガ)の発情期 > 瞬間、全身の血が逆流したような感覚に襲われた。自覚したとたんに匂う、強い強いΩ(オメガ)の甘い匂い。 「…っクソ! おいリリマ起きろ、リリマ!!!」 「ん~~? なぁに~?」 「寝ぼけるな! この匂いが分からないのか!」 ノーラッドの鋼のような理性が、音を立てて崩れていく。 …このままでは、 「リリマ!!!」 まずい。 「…っ!? ちょ、なによコレ!! ノーラッド、どっかいってて頂戴!!」 「ムリだからお前に頼んだんだろうが!! 早く俺を飛ばせ!!」 リリマには水の妖精の能力がある。ノーラッドをどこか遠くに飛ばすことなどいともたやすい事のはず。だが今のリリマは焦っているのか、なかなかノーラッドの飛ばそうとしない。 「おいリリマ!!」 「ええとっ、どうすればいいんだったかしら!? ちょっとノーラッド、手伝って!!」 ……どこかへいけといったり手伝えと言ったり。 勘弁してくれ、というのがノーラッドの正直なところだった。ノーラッドにはまだそんなことを考えていられる余裕がある。だがそれもも少しでできなくなる。 Ω(オメガ)の発情に当てられたα(アルファ)のヒートは恐ろしい。…それは自分が1番よく分かっている。 「リリマ…っ、頼むから!!」 だからこそ、α(アルファ)の自分がここにいたら非常にまずい。 「あぁっ! ごめんなさいノーラッド、任せて! うんと遠くにやってあげるから!」 やっとこちらを向いたかと思うとリリマはパンッと1つ手を叩く。するとノーラッドの身体は一瞬にして近くにあった水たまりに吸い込まれていった。 「だから大丈夫よ、安心なさい」 額に手を置き優しく微笑むリリマ。そんなリリマの表情さえも今のダグラナが見ればどんな表情を浮かべているのか分からない状況だった。 熱でかすむ視界、身体がありえない程に敏感になり、肌に触れるものすべてに反応してしまう。 とめどなくビクビクと震えるダグラナに、優しく触れようともそれができないもどかしさに、リリマは少し苛ついた様子だった。 「どうし、たら…終わる、の、…コレ…っ」 必死で訴えてくるダグラナ。 だがリリマからしてみれば答えを教えるのは簡単だが、問題はその後なのだ。 ダグラナを慰め、発散させようともリリマではまだ会って間もないということもあり若干気が引ける。しかし、かと言ってダグラナ自身が『その行為』を1人で行えるか、と問われたら激しく微妙な所だ。 「………ノーラッド」 奥の手ともいえるその名をリリマが口にする。 だが、これは危険極まりない手段の1つ。……ノーラッドはαアルファだ。もしヒートを起こし、暴走しようものなら例えリリマでも止められない。 以前、フォルティスの入り口でそうなりかけた時は、まだノーラッドの理性がかろうじて正常に保たれている状態だった。 「…ご、めんね。ダグラナ」 何かを決心したような表情を浮かべると、リリマはダグラナに一言謝り、ダグラナが横になっている所に薄い水の膜を張った。 リリマはノーラッドを呼びに行こうとしていた。 この水の膜は、ダグラナから発せられる強いΩ(オメガ)の匂いを少しでも和らげるためのものだ。 リリマがノーラッドを呼びに行っている間に他のα(アルファ)が来ようものなら元も子もない。 何もかもを誘う、その場所から離れ、リリマはノーラッドを呼びに行った。

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