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12. 甘い甘い
「お前は馬鹿かリリマ!! 何の為に俺を飛ばしたんだ!!!」
「で、っでもでもでも!! あのままじゃダグラナが…! お願いノーラッド、お願いだから…!」
ここはどこだか分からぬ湖のほとり。
誰のものか分からぬ小屋へと入り、とにかく己を鎮めるのが大変だった。
そんな所へやってきたリリマ。リリマの身体にまでもダグラナのΩオメガの発情した強い甘い香りが移っていた。
正直、それが鼻腔をかすめただけでもクラクラするほどだったが、どうやら今はそんな状況ではないらしい。
「ここに…連れてこい」
「ノーラッド…!!」
「早く!!」
うん! と返事をするなり、一瞬にしてリリマの姿が消えた。
幸い、この小屋には簡易な造りだがベッドとテーブルセット、そして暖炉があった。
そこのベッドを使うか…とノーラッドが思案していると、外からパシャッという音が聞こえる。途端、一瞬にして匂ってくる甘い甘い魅惑の香り。小屋の壁なんてものは軽く超えてやって来る。
その匂いが鼻腔をかすめただけで理性が崩れそうなのに、辺りに充満してしまったら一体自分はどうなってしまうのだろうか。
「……っノー、ラッド」
「ダ…グ、ラ、ナ…っ」
リリマに支えられながら、小屋の中に入ってきたダグラナの声が、耳にはいる。ダグラナの発するすべてが色っぽく、艶やかに見え聞こえしてしまって、もうどうしようもなくなった。
正直な話、そこから先のノーラッドの記憶はまったくと言っていいほどなかった。
Ω であるダグラナの発する発情期特有の匂いがキツすぎて、あのノーラッドの理性が一瞬で崩壊したのだ。ノーラッドが気付いた時には既に日は落ちかけ、灯りのない湖の風景は闇に包まれかけていた。
隣には未だにうっすらと匂いを発して眠っているダグラナ……と黒血歌竜 。
まずい。……非常にまずい。
記憶がない。
なんて失態だ。…いや、正直な話、Ω の発情期のヤツと一晩を共にしたのは初めてじゃない。
両手で数えられる程度だが、あるっちゃある。だがしかし、こんな風に記憶がないなんてことは1回もなかった。むしろナニをしたのか言いたくなくても言えるくらいにはいつもハッキリと記憶は残っていた。
こんな、……こんな気付いたら男2人全裸でベッドの上、なんてことは断じて1度もなかった。
だから分からなかった。こういう時の対処法が。
ダグラナが、目を覚ましたらなんと言えばいい。なんと説明したらいい。
昨日はなにもなかったんだ、って? こんな既成事実の塊みたいな状況なのに?
表情が素直に表に出ない方なので分かりづらいが、一見、ノーラッドの表情は涼しい。だがその実、頭の中はぐっちゃぐちゃで状況把握さえもあやふやだった。
とにもかくにも、今ノーラッドは混乱の極みにいた。
「安心しなさいな、ナカには出してないわよ、ノーラッド」
「っ……は?」
「というか挿れてもないから。ひたすらダグラナのこと弄り回してノーラッドは1人で慰めてたわよ。だから安心しなさいな」
突如として現れたリリマに、一瞬おどろくも、その説明に安堵のため息がでる。
と同時に自分に驚いた。よくもまぁ理性が崩落した状態で発情MaxのΩ を目の前にして耐えられたな、と。
「恐らくだけど」
ノーラッドの心中を知ってか知らずか、リリマが口を開く。
「アナタ達、……魂の番 よ」
「…、はっ」
「だから今回、貴方は耐えられた。……ノーラッド、気付いてるんでしょう?」
「だから、何言って」
「番であるダグラナを傷つけたくない、あなたの本能がそういった。だからあなたの身体はそれに従ったまで」
この世界には……この6つの性にわかれたこの世界には、「魂の番 」というものが存在する。
それはΩ とα の間にのみ成立するお互いにとってまたとない、唯一無二の、絶対の特別な存在。
それは、一目見た瞬間にお互いがすぐに理解できるものだという。例え、その相手が嫌いで嫌いで仕方なくても、一度出逢ってしまえば、もう決してあらがえない。……運命だから。
リリマと出会って14年、ここまでリリマが鋭いやつだったとは思わなかったノーラッドは絶句する。
すべてはリリマの今言った通り。
ノーラッドは感じていた。自分とダグラナが魂の番 だと。……12年前、一目見た時から。
あの時、12年前だ。
ノーラッドは確かに、1人のまだ幼すぎる子供に運命を感じた。
火竜から救い出したその瞬間、真っ直ぐすぎる瞳を見てしまったことが、すべての始まりで、すべての間違いの始まりだった。
「いつからだ、いつからわかってた」
「最初からよ。あなたが燃える家の中へあの子を助けに行った時から」
「そうか……」
小さな小屋の中は、まだ強烈すぎるダグラナの匂いが充満していた。
ベッド横の窓を開くと湖の波打つ音が耳に入る。朝と昼を食べずに寝こていたせいか、非常に空腹だった。
「…リリマ」
「言わないわよ、安心して頂戴」
「なら、…いい」
軽くシャツと黒いパンツを身に着けると、一言リリマに残し、そのまま小屋を出た。
「ダグラナを、適当なところで起こしといてくれ」
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