124 / 690
第124話
時は遡り…
朝陽さんとの撮影が終わった翌日俺は隅田の元へ訪れていた。
稀城との曲が隅田がプロデュースということに決まったからだ
稀城は気まずそうにその場に立っていた。
「お久しぶりです。稀城さん。そんな硬くならないでいいですよ。あの日のことはもう過去ですから」
隅田の自宅スタジオは基本的にはアーティストは入らない。
俺は事情も事情なのでここへ来ることも多いが
稀城の提案からここまであっという間に決まった。
まさか監督が隅田の古くからの知り合いなんて知らなかった
「俺がいうのもあれですけどよく引き受けてくれましたね」
「こんなこと言うのは失礼かと思いますが以前のあなたは、よく努力をされ技術は身についていて非常に上手かった。そこは尊敬に値します。
でもそのうまさの中に深みを感じることが俺には出来なかった。
俺は自分の曲が最大限に活かしてもらえる人に書きたい。
俺は売れる曲を書きたいんじゃない。自分が納得し気持ちよくなれる曲を書きたい。
俺は自分勝手で自分本位の人間ですからね。
あの後あなたを含めたメンバー全員が以前より更に努力を重ね何でも一生懸命に取り組んできたんじゃないですか?
以前より数段魅力が上がり俺ももう一度あなたに書きたいと思ったんです。
だからこの話が来て正直嬉しかったんです。
相馬さんは俺が唯一自ら好きで書いていた人です。そんな2人の曲ですから断る理由なんてないでしょ?」
「…」
「なので逆に俺の歌を歌って下さいと頭を下げたいくらいです」
そう言うと頭を下げた隅田に稀城は動揺していた。
「早速、息を吹き込んでくれませんか?俺の大切な子供に」
「はい…ありがとうございます」
稀城の歌声は圧巻だった。以前歌番組で聞いていた時もかなり上手かったがそれなんて比じゃなかった。こいつは芝居しているよりも歌を歌っている方が輝いている。心から歌が好きだと伝わって来る。この声に引かれるように乗せた俺の声は自分でも驚くほど伸び、飛んでいく。
これが稀城の才能なんだと思う
自分を生かすだけじゃない。自分を取り囲む全てを生かせるのだ。
「すごい…」
考えるよりも言葉が先に出ていた。隅田もとても満足そうだった。
ともだちにシェアしよう!