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第6話

 舌がだるくなるほどキスをしてシャツの胸元をまさぐると、指にちいさな突起が引っかかった。シャツにシワがよらないように指の腹ではじくと、秋生さんがくぐもったうめきを漏らす。 「ふっ、ん、んぅ、うっ」  秋生さんと僕の口の中で響く声は艶やかで、僕は欲がズボンを突き破るんじゃないかってくらいに興奮した。 「秋生さん」  離れたくはないけれど、離れなければ服を脱がせられない。シワだらけのシャツで会議室を出たら、いぶかられるに決まっているから。  惜しみつつ顔を離すと、秋生さんの腕が僕の頭を包んだ。 「――え?」  秋生さんが唇で僕に甘えてくる。いままでこんなことはなかった。離れない僕をやんわりとたしなめるように押しとどめるばかりだった秋生さんが、どうして――?  喜びよりも先に困惑を浮かべた僕に、秋生さんは照れくさそうにバツの悪い顔をしてささやいた。 「外回りに、行こうか」  かすれた声に全身が甘く痺れる。危険を察知した瞬間の背徳的な快感に脳を刺激されながら、「外回り?」と繰り返した。 「そう、外回り……。市場調査をしに行こう」  親指で唇を撫でられて、いたずらっぽく光る瞳で上目遣いに誘われたら断れるわけがない。 「はい。……でも」  僕の股間は期待に膨らみきっていて、秋生さんの肌は熱くなっている。こんな状態で仕事の話をするなんて、上司になにか言われたのだろうか。 「心配しなくていい」  耳朶を噛まれて指先で股間を撫でられ、喉を震わせた僕を秋生さんが淫靡に笑う。 「独り身の、食欲旺盛な若者がどれほど貪欲なのかを調査するんだ」  ああ、と秋生さんの誘う指に声を上げつつ理解する。僕がどれほど秋生さんを食べたがっているのか調査をするために、欲求のタガを外しきれない会議室から遠慮なくむさぼれる場所に移動するのか。 「はい」  うわずった声で返事をして、唇を重ねる。 「市場調査は得意です」 「だろうね。……君のレポートはじつによくできていたと、誰もが感心していたから」  だから、市場調査に出てきますと言っても妙には思われない。秋生さんは言外にそう教えてくれた。 「なら、はやく行きましょう」  いますぐにでも秋生さんが欲しい僕は、そう促しながらも秋生さんから離れられなかった。秋生さんも僕に腕を絡めて唇でたわむれてくる。こんなふうに会社でじゃれつかれてホテルに誘われるなんて、夢みたいだ。  それからたっぷりキスをしてから僕らは離れ、たぎる股間をごまかしつつ足早にホテルへ向かった。  部屋に入ると秋生さんは鞄を投げ捨てるように床に置いて、ジャケットに手をかけた。性欲に指を急かして、けれどジャケットやシャツにシワがよらないよう気をつけながら裸になった僕は、ベッドに横たわる秋生さんにのしかかった。  どうして秋生さんがズボンを脱いでいないのかを気にする余裕もなく、キスをしながら胸肌に指を這わせる。存在を主張する色づきを指でつまんで潰したりこねたりしながら舌ですくって口に入れ、吸ったり舌先ではじいたりすると秋生さんの脚が開いた。その間に体を入れて、秋生さんのズボンをずらすと僕とおなじくらい興奮している熱が現れた。 「は、ぁあ……っ、ん、琢磨くん」 「秋生さん、こんなにしていたんですね」  指で包んだそこは震えるほどに怒張していた。指の腹で先端に弧を描くと、秋生さんは喉をそらせて切れ切れの嬌声をこぼした。軽くしごくと腰が揺らめき、先走りがトロトロとあふれてくる。こんなに興奮していたから、あんなに急いでホテルへ来たのか。  僕の興奮と比べても遜色のない秋生さんの熱を口に含む。 「ふぁ、あっ、ああ……」  鼻にかかった悲鳴に胸をとどろかせ、生々しい肉欲をたっぷりと味わいながら尻のエクボに指を這わせる。緊張した秋生さんの尻に浮かぶエクボが、僕は好きだ。もちろん、秋生さんのどこもかしこも好きだけれど。 「ふぁ、あっ、ああ、ん、ぅ……、琢磨く、ぅん」  さみしいと訴えている子犬みたいに啼かれると、獰猛な性欲と慈愛に心臓をきつく縛られる。快感に泳ぐ脚からズボンも下着も剥ぎ取って、蜜嚢を口に含んで下生えをまさぐる。黒々とした草原にそびえる秋生さんをあやしながら尻の谷に指を這わせると、指に硬質なものが触れた。驚いて顔を上げると、困った顔の秋生さんと目が合った。 「秋生さん、これ……」  指で無機質なものの存在を確かめながら問うと、うん、と秋生さんが顎を引く。 「琢磨くんがくれたものだ。首輪はさすがに無理だけど、これなら気づかれないからね」  はにかむ秋生さんを呆然とながめていると、「ああ、でも……」と補足が続いた。 「ずっとつけていたわけじゃない。今朝、家を出る前に入れたんだ。……だから、ここに来たかった」 「秋生さん……っ!」  感極まって秋生さんを抱きしめる。 「愛しています、ああ、秋生さん」  うれしくてしかたがない。愛おしくてたまらない。  秋生さんが身に着けてくれているのは、僕が昨日埋め込んだアナルプラグだった。ほんのわずかでも秋生さんとの距離があるのが嫌で、これで栓をすれば秋生さんの中に放っても大丈夫なんじゃないかと購入をした道具。怒られたり嫌悪されたりするかもしれないと心配しつつも使用した僕に、秋生さんはただ苦笑して「座ったりできないじゃないか」と冗談めかして言っただけで、とがめはしなかった。 「飼い主の言うことは、聞かなきゃならないからね」  ずっと着けておいてくださいと願った僕に、秋生さんは「わかった」と言ってくれた。それを本気にしていたわけじゃない。敏感な部分がずっと押し広げられているのだから、歩くたび、座ったとき、刺激を受けて困るからすぐに外されるだろうなと思っていた。それを一度は外したとはいえ、ふたたび朝から装着してくれていたなんて。 「秋生さん、ああ」  強く抱きしめてキスの雨を降らせる。秋生さんはキスに応えてくれながら、素肌の脚を僕の腰に絡めた。 「ずっと刺激されていたから、限界だ。――はやく君をくれないか、琢磨くん」  はやく、という催促に電流が走る。欲しかった言葉をすんなりと口にした秋生さんは、淫らに瞳を潤ませてほほえんでいる。まるで僕のことなどなにもかもお見通しだと言うように。 「俺を獣にしてくれるんだろう?」  乱暴にアナルプラグを取り去った僕のほうこそ獣じみていた。抜いた栓を放り捨てて僕を突き立てる。 「ぅぐっ……、ぁ、はぁ、あ……、あ」  秋生さんの具合がどうかなんて確認する余裕もなく、僕は奥まで貫いてがっついた。 「秋生さん、秋生さん」 「ああっ、琢磨くん……、はげし……、ぃ、あううっ」  秋生さんの前で本能の塊になった僕は、苦しげな嬌声に勇躍した。ガツガツとむさぼるように突き上げながら、唇の届く場所すべてにキスをする。秋生さんは手足で僕にしがみついて体を揺らし、汗みずくで求める僕を味わっている。 「ああ、秋生さん……、愛しています、秋生さん」 「ふぁ、あっ、琢磨くん、もっと……、ああ、もっと――」  乱れきった秋生さんの、うわごとのような求めに応じる僕は放ってもまた腰を動かし、絶頂の余韻に浸る間を与えずに秋生さんを犯した。――それこそ、獣のように。 「んぁ、あっ、あああ、は、はふっ、ふぁあ」 「秋生さんっ、秋生さん」  壊れたレコーダーみたいに繰り返し秋生さんを呼んで、愛していると全身で叫ぶ僕を受け止める秋生さんも獣になった。だらしなく口を開けて舌をのぞかせ、淫猥な笑みを浮かべて体を揺する。僕の与えるものだけを感じて、そのほかのなにもかもを忘れて夢中になっている秋生さんの髪が乱れて、汗を浮かべた額に張りついているのがとてもかわいい。上気した肌はおいしくて、絞めつけてくる内壁が愛しくて、もっともっと僕にゆだねてほしくて、すがりついてほしくて、気持ちのままに秋生さんを求めた。 「は、ぁああっ、あ、ああ――――っ!」  擦り切れた悲鳴に耳を打たれながら、秋生さんの奥に何度目かの極まりを注ぐ。精も根も秋生さんにささげた僕は、自分を抜く気力もなくして秋生さんの胸に倒れた。 「はぁ、は……、はぁ」  フルマラソンを完走したら、こんなふうになるんだろうか。それくらい汗にまみれて息が上がって、指を動かすことすら億劫だ。 「秋生さん……、愛しています」  もはや口癖のようになってしまった言葉を、しっとりと汗に濡れた秋生さんの首筋に乗せれば髪をクシャリと掴まれた。 「君はそればかり言うね」 「ほかに、どういう言葉が当てはまるのかわからないんです」  行動だけでは足りなくて。言葉だけでも物足りなくて。その両方を合わせても想いには届かない。気持ちをそっくり取り出して秋生さんの目の前に出せたらいいのに。  そうかとつぶやいた秋生さんは僕の頭を撫でてくれる。子ども扱いされていると感じても、それが悔しくも不快にもならないのは全力を出し切って伝えた直後だからだ。 「秋生さん」 「うん?」 「秋生さん」 「うん」 「……愛しています」  やわらかな息が髪に触れる。秋生さんは「俺も」とは言ってくれない。 「秋生さん」  愛されたい気持ちよりも愛したい衝動のほうが強いけれど、見返りとしてではなく自信を持てる言葉がほしい。秋生さんの恋人として、自信を持っていられる言葉を。  ねえ、秋生さん。  僕は秋生さんの恋人として、認めてもらえているんですか? それともただの気まぐれで……、あるいは僕との約束のために付き合ってくれているだけなんですか? まさか本気で僕が入社するとは思わなくって、だから僕の告白を断るために「おなじ会社に入れたら」と言ったのかもしれないな、とは考えました。けれど一縷の希望のために、僕は必死になって秋生さんを追いかけて、ここまできて……。そんな僕を哀れんで恋人になってくれているだけなんですか?  ああ、秋生さん。  愛しています。  あしらわれるだけの幼さが憎いです。僕があと二十年はやく生まれていれば。秋生さんと同年代であれば、対等に、真剣に恋愛対象として向き合ってもらえたのかな。  汗でふくらんだ秋生さんの匂いを嗅ぎながら、我ながら女々しいと情けなくなる弱気の思考を巡らせる。 「秋生さん」  首筋に擦りつけば、やさしく髪を撫でてくれる。その手は情事の対等さを消して、保護者めいたものになっていた。 「愛しています」  ささやきを秋生さんの耳朶に乗せる。 「愛してる……、秋生さん」  つぶやくごとに、胸が愛おしさに切り裂かれて魂の血潮があふれた。形のないそれは体内の水分と結合し、涙になってこぼれ出る。 「秋生さん……、秋生さん」 「……琢磨くん」  息を呑んだ秋生さんが目じりにキスをしてくれた。うれしくて、情けなくて、胸が詰まって涙がどんどん流れ出る。 「愛しているんです、秋生さん」  どれほど訴えても、秋生さんは年上の威厳を崩さない。泣きじゃくる僕を、両手で包んでなぐさめのキスをするだけだ。  大人になったつもりでいたのに、秋生さんからすれば軽くあしらえる幼い男でしかないのか。  藤岡さんに見せた無防備な笑顔を、僕にも向けてほしい。  お店の男たちを魅了していた妖艶で優美な秋生さんよりも、飾らないくつろぎに満ちていた秋生さんを手に入れたい。知れば知るほど魅惑的で、謎めいてくる秋生さんの本心が知りたい。  だから獣のように本能にまみれさせたいと願ったのに。  だから首輪をつけてみたり、欲をこらえて秋生さんを高めてみたりしたのに。  いつも最後はこうやって、秋生さんの大人の余裕に包まれる。 「秋生さん」 「もう、わかったから」  なにがどう「わかった」のか、僕にはちっともわからない。秋生さんの気持ちが見えなくて怖いなんて、それこそ子どもじみている。  付き合えることに舞い上がっていた期間が終わって、その間に秋生さんと恋人らしくなれると考えていた浅薄さにあきれてしまう。 「疲れただろう? すこし眠るといい。会社には連絡をしておくから」 「……どうして」 「ん?」 「どうしてですか」 「どうしてって……。こんな状態では会社に戻れないだろう? 俺も燃えてしまったからね。ずいぶんと疲れてしまった」 「そうじゃありません」  腕に力を入れて体を持ち上げ、秋生さんをまっすぐに見下ろす。 「愛しているんです」 「それは、もうわかったから」  いいえと首を振る。 「わかってない。……秋生さんは、わかっていないんです。伝わっていない。どんなに全力でぶつかっても、手ごたえがないのがその証拠です」  秋生さんの目に困惑が浮かぶ。 「琢磨くん」 「僕じゃ頼りないんだろうなって……、それはしかたがないなって思います。でも、そういうんじゃなくて。――秋生さん、僕とちゃんと向き合ってくれていないっていうか、うまくあしらわれている気がします。闘牛士と牛みたいっていうか……」  闘牛士は秋生さんで、牛は僕だ。秋生さんを目指して全力でぶつかっていくのに、ヒラリヒラリとかわされる。 「愛しているんです」  誰よりも、なによりも愛おしくてならないんです。 「だから、それはわかっているよ」  駄々っ子のように、僕は首をブンブン振った。伝えたいことがあるのに適切な言葉が見つからなくて、秋生さんの頬を両手で包んで額を重ねる。 「愛しています。ただ、愛しているんです」  自分でもどうしようもないほど、秋生さんが愛しくてたまらない。バーに通って週に一度、終電までの時間を共に過ごしたときよりも。必死になって入社しようと努力していたときよりも。今日、市場調査をするとウソをついて会社を出た瞬間よりも。  刻一刻と、秋生さんへの想いが強くなる。暴力的なほど強くて激しい想いが皮膚を突き破って、秋生さんを取り込むのではないかと疑うくらいに。――そうなりたいと願うくらいに。  秋生さんは戸惑いの奥に真剣な、それでいて悲しそうな気配をにじませて僕を見上げる。 「ちゃんと伝わっているから、だから……、琢磨くん」  秋生さんの手が僕の頬に添えられる。親指で涙をぬぐわれ、鼻先にキスをされた。 「いまはただ眠るといい。――ほら」  背中を手のひらでなだめられ、僕はまた秋生さんの胸に体を落とした。秋生さんの肌は汗が引いてもしっとりとしたままで、ほどよい温もりが疲れた体を眠りに誘う。  どれほど深く想いを注げば、秋生さんの気持ちを動かせるんですか?  眠りに進む意識の向こうで、秋生さんが会社に連絡を入れる声を聞きながら、焦がれる相手の温もりと香りに問いかけた。

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